クチナシの花は咲き始めると一気に咲いて、すばらしい香りを放つ。花が終わるのも早いが、終わってからもその香りは長く残る。捩じれて開く蕾もかわいい。写真は近くの神社で植えられていた木のもの。いまかいまかと毎日待ちあぐねていて、最初に開いた花をやっと写すことができた。すぐそばに蕾も控えている。俳句の世界では匂いの強さがとくに注目されているようだ。「くちなしと教えて女子学生帰るときよく匂う 荻原井泉水」の句で最後に匂いを放っていたのは山梔子の花か、それとも乙女か。
(2019-06 川崎市 寺社)
クチナシ(梔子、巵子、支子、学名: Gardenia jasminoides)は、アカネ科クチナシ属の常緑低木である。野生では森林の低木として自生するが、むしろ園芸用として栽培されることが多い。乾燥果実は、生薬・漢方薬の原料(山梔子・梔子)となることをはじめ、様々な利用がある。
果実が熟しても割れないため、「口無し」という和名の由来となっている説もある。他にはクチナワナシ(クチナワ=ヘビのこと、ナシ=果実のなる木、よってヘビくらいしか食べない果実をつける木という意味)からクチナシに変化したという説もある。
形態・生態
樹高1-3 メートルほどの低木。葉は対生で、時に三輪生となり、長楕円形、時にやや倒卵形を帯び、長さ5-12 センチメートル、表面に強いつやがある。筒状の托葉をもつ。
花期は6-7月で、葉腋から短い柄を出し、一個ずつ花を咲かせる。花弁は基部が筒状で、先は大きく6弁に分かれ、開花当初は白色だが、徐々に黄色に変わっていく。花には強い芳香があり、学名の種名 jasminoides は「ジャスミンのような」という意味がある。
10-11月ごろに赤黄色の果実をつける。果実の先端に萼片のなごりが6本、針状についていることが特徴である。また、側面にははっきりした稜が突き出る。
スズメガに典型的な尻尾(尾角)をもつイモムシがつくが、これはオオスカシバの幼虫である。奄美大島以南の南西諸島に分布するイワカワシジミ(シジミチョウ科)の幼虫は、クチナシのつぼみや果実等を餌とす。クチナシの果実に穴が開いていることがあるが、これはイワカワシジミの幼虫が中に生息している、または生息していた跡である。
分布
東アジア(中国、台湾、インドシナ半島等)に広く分布し、日本では本州の静岡県以西、四国、九州、南西諸島の森林に自生する。
人間との関わり
人家周辺に栽培されることが多いが、クチナシを植えるとアリが来るといって敬遠する例もある。品種改良によりバラのような八重咲きの品種も作り出されている。
果実にはカロチノイドの一種・クロシンが含まれ、乾燥させた果実は古くから黄色の着色料として用いられた。また、同様に黄色の色素であるゲニピンは米糠に含まれるアミノ酸と化学反応を起こして発酵させることによって青色の着色料にもなる。これは繊維を染める他、食品にも用いられ、サツマイモや栗、和菓子、たくあんなどを黄色若しくは青色に染めるのに用いられる。大分県の郷土料理・黄飯も色づけと香りづけにクチナシの実が利用される。クロシンはサフランの色素の成分でもある。
乾燥処理したクチナシの果実は、山梔子(さんしし)または梔子(しし)とも称され、日本薬局方にも収録された生薬の一つである。煎じて黄疸などに用いられる。黄連解毒湯、竜胆瀉肝湯、温清飲、五淋散などの漢方方剤に使われる。
埼玉県八潮市、静岡県湖西市、奈良県橿原市の3市で「市の花」に指定されている。
花言葉は、「幸せを運ぶ」「清潔」「私は幸せ」「胸に秘めた愛」。
黒人ジャズ歌手のビリー・ホリデイは、しばしばクチナシの花を髪に飾って舞台に立った。
足つき将棋盤の足はクチナシを象っている。第三者は勝負に口出し無用=口無し、という意味がこめられている。
山梔子 の例句
くちなしと教えて女子学生帰るときよく匂う 荻原井泉水
くちなしに傘さしいづるあめのおと 飯田蛇笏 春蘭
くちなしのぽつたりとある机かな 石田勝彦 百千
くちなしの三歩離ると匂ひけり 上田五千石『森林』補遺
くちなしの匂ひて雨も小降りかな 大野林火 方円集 昭和五十二年
くちなしの夕となればまた白く 山口青邨
くちなしの白の黄にさびあざむかれ 松崎鉄之介
くちなしの硼酸水のごときかな 平井照敏
くちなしの褪せぎはの酸い浜通 佐藤鬼房
くちなしの開く軋みに雨意こもり 能村登四郎
くちなしの香の間近なるピアノかな 中村汀女
くちなしの香を嗅ぎて寄るひとのあと 山口誓子
くちなしは六弁にして雪車 山口青邨
くちなしや寺門を出でてつねの我 角川源義
くちなしや讃美歌にのる風ありて 星野麥丘人
くちなしを剪るやその顔さだまりぬ 加藤秋邨
くちなしを手折る女の腋くらし 岸田稚魚 負け犬
はなれゆくほどくちなしの香となりぬ 加藤秋邨
ゆさぶりてくちなしの香をにぎはすよ 上田五千石『琥珀』補遺
三鬼読む夜をくちなしの匂ふかな 松崎鉄之介
中山道山梔子こそは人の魂 金子兜太
子規庵も近く山梔子籬に匂ふ 山口青邨
山梔子にいりあひの宙闢くなり 飯田蛇笏 雪峡
山梔子に奥ひろがりの冬景色 中村汀女
山梔子に提灯燃ゆる農奴葬 飯田蛇笏 霊芝
山梔子の匂はゞ匂へ中年過ぎ 鈴木真砂女 夏帯
山梔子の実に雨の日よ晴の日よ 高田風人子
山梔子の実に黄飯の話など 後藤比奈夫
山梔子の白百合の白雨季長し 後藤比奈夫
山梔子の蛾に光陰がたゞよへる 飯田蛇笏 霊芝
山梔子の賤しからざる旧居かな 清崎敏郎
山梔子の香が深き息うながしぬ 中村汀女
山梔子は水取頃の野のよごれ 右城暮石 句集外 昭和八年
山梔子や合壁に人形師仏壇師 福田蓼汀 秋風挽歌
山梔子や吹雪とこもる一顆あり 石橋秀野
山梔子や植木畑を田のかこみ 石川桂郎 四温
留守の戸はくちなしの香がかはりかな 加藤秋邨
粉雪はくちなしの実にとまりそめ 清崎敏郎
香を忘れてはくちなしに近づけり 山口誓子