昨日NHKの「英雄たちの選択」という番組を見ていたら、びっくりする絵が登場。
これ、典型的な宗教画にしか見えない…
ドイツ・ヴァイセンシュタイン城シェーンボルン伯爵コレクションの1作であるこの作品を描いたのは、イギリス人アンソニー・ヴァン・ダイク(Anthony van Dyck)、師はあのルーベンス。
一番有名なのはこの肖像画?
ワシントンのナショナル・ギャラリー所蔵の『エレーナ・グリマルディの肖像』
フランドル生まれのヴァン・ダイクは1632年イングランドに渡って以来、イングランド国王チャールズ1世の主席宮廷画家として活躍し、多くの肖像画を残している。
そのヴァン・ダイクが描いた最初の絵のタイトルは?というと。
「豊後大名大友宗麟に拝見する聖フランシスコ・ザビエル」
向かって右の赤い服を着ているのが大友宗麟なんだけど…どう見ても日本人ではないじゃん。
”1551(天文20)年9月、キリスト教の布教活動のため日本(山口)に滞在していたフランシスコ・ザビエルは、大友宗麟の招きに応じ豊後府内の大友館を訪ねます。
イエズス会創設者の一人であったザビエルと宗麟の会見は、日本での本格的なキリスト教布教の幕開けとなる出来事であり、日本とヨーロッパの道が初めて開かれた瞬間でもありました。
2人のこの歴史的な出会いはセンセーショナルな史実としてヨーロッパに伝えられたようです。<中略>
この絵の舞台は言うまでもなく大友館であり、白い上衣をまとったザビエルに右手を差し出す西洋風の赤い衣裳の人物が、当時のヨーロッパの人々がイメージした大友宗麟(当時21歳)です。
2人の出会いから100年も経っていないヨーロッパの宗教絵画に記録された宗麟。彼は当時最も有名な日本人だったと言えるでしょう。
こうした背景には、宗麟の異国の文化を積極的に取り入れる進取・開明のグローバル精神があり、また、ザビエルとの面会はヨーロッパ世界にその名を知らしめるきっかけとなったばかりでなく、その後の宗麟の人生にも大きな影響を与えました。”
(抜粋:大友宗麟の実像(大分市文化財課)
今丁度この本を読んでいる。
この中に天正遣欧少年使節の3人がキリストが生まれた時、東からやって来た「東方の三賢王(賢者・博士)」になぞらえて、少年使節が「王子」と呼ばれているという記述があったが、この宗麟しかり。
まるで”王様”だよ、なんだろね。
王としての威厳は有るが、これはどう見ても日本人ではないなぁ。
更にザビエルも美化されてない?
私たち日本人にとっては、教科書にも載っている、こちらのザビエルの方が親しみ深いし。
それにしてもヴァイセンシュタイン城は結構いいもの持っているようだ。
シェーンボルン卿は美術愛好家として有名で、実に600を超えるバロック絵画を集め、ドイツにおける最も豊富なプライベートコレクションなのだそうだ。
ルーベンス、デューラー、ティツィアーノ、レンブラントなど錚々たる画家の作品を所蔵しているらしい。
https://www.schoenborn.de/
NHKで首都直下地震を今週、特集して放送しますね。私も見ています。
情報ありがとうございます。そうなんですね。更にこれ狩野派の画家の作品か?という説もあるそうで、なかなか興味深いですね。
先週末は大阪も紅葉がまだ綺麗だったようですね。私は京都に行っていましたが、寒かったですが、とてもきれいでした。
明日からイタリアです。