イタリアの泉

今は日本にいますが、在イタリア10年の経験を生かして、イタリア美術を中心に更新中。

杉山神社のはしご その2-戸部杉山神社

2019年01月30日 10時34分25秒 | 日本・史跡

戸部杉山神社ということで、戸部駅から行った方がいいかと思いきや、星川杉山神社からなら相鉄線西横浜駅からの方が近いかも、って気がついたのは西横浜駅に電車が到着、ドアが閉まる直前だった。
「無理な乗り降りはおやめください!」
横浜市西区役所のやや北側、西横浜駅から徒歩10分強、京急戸部駅からなら10分弱。(しかしどちらも普通しか止まらない)

住宅街にひっそりたたずむ神社に到着。

初詣の時期以外はどこもこんなもんでしょうか、静かだ。

こちらの御祭神は、星川杉山神社とは異なり大己貴命(大国主命)。
社伝によると、白雉三年(652)に戸部地方を開拓した一族が、祖神として「出雲大社」の分霊を勧請し創建とのこと。
この事から出雲一族が当地に移り住み、出雲一族によって創建されたと考えられている。
大己貴命(大国主命)をお祀りする「杉山神社」は珍しく、他には北新羽(港北区新羽町)の「杉山神社」くらいしかないそうだ。


1859年の横浜港開港以降、この辺りは急速に発展、明治初期には、横浜の市街地拡大と共に、戸部町から宮崎町・伊勢町・老松町・月岡町などが分離、さらに埋立地は桜木町となった。こちらの杉山神社はこうした一帯の鎮守として崇敬を集めていた。
1923年9月1日に起こつた関東大震災により多大な被害を受け、社殿も再建できず仮殿のままだった。
そして1945年、この一帯は横浜大空襲に襲われる。

しかしこのご神木のおかげで、大空襲の戦火から免れる。痛々しい傷を残したご神木のおかげで境内は無傷だった。
炎上する熱気によって境内の樹木が水蒸気を吹き出したため、とも言われている。
そんな事情から、戦後は火伏の御神徳もあると崇敬されている。


大黒天もいらっしゃいる。
大己貴命(大国主命)は、七福神の大黒天と習合した神だからである。
これ、俳優の黒沢年雄氏が奉納したそうだ。彼はこの辺り出身だそうだ。

そしてこの神社の名物(罰当たりな言い方か?)と言えばこれ。

狛ネズミ!?

立派な狛犬もいるのだが

これはどう見ても新しいもの。再建後のものだろう。
ネズミも古いものではないのだが、他ではほとんど見られない。

ここには願掛けの狛ネズミとして一対のネズミが配されている。鎮座1350年を記念して作られた。
『古事記』には、ネズミが大国主命を救う話がある。
須勢理毘売命(スセリビメ)に結婚を申し込みに行ったところ、父の須佐之男命(スサノウノミコト)は大国主命の能力を試そうとして、大国主命に広い野原に行かせて野原の草に火を放った。
火はたちまち燃え広がり、大国主命は逃げ場を失った。
この時一匹の鼠が現われて、大国主命に「この下に穴がある」と教え、これを聞いた大国主命は、穴の底に身を伏せて火がおさまるまで待って助かったという。
このことからネズミは神の使者として崇められるようになった。
大国主神は大黒天と同一視されることから、ネズミは大黒天の使いであるとも考えられ、白いネズミが家に入ってくると縁起がよい、小さなネズミがいる家は繁盛するなどの習俗が生まれた。


女性は向かって左のネズミを、男性は右のネズミをゆっくり願を掛けながら反時計回りに回す。
なんとも言えない経験だ。
境内のあちこちにネズミ。そして小鎚が見られる。


打ち出の小鎚は大黒天(だいこくてん)のアトリビュート。富をもたらす象徴である。


こんなところや


お賽銭箱にも描かれている。
社殿は昭和三十一年(1956)に鉄筋コンクリート造で再建されたものなので、お目当ての彫刻類は皆無。

横浜市内に30社以上の「杉山神社」が有る。
引き続き調査してみたいと思う。

杉山神社のFB
https://www.facebook.com/tobesugiyamajinja/



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