イタリアの泉

今は日本にいますが、在イタリア10年の経験を生かして、イタリア美術を中心に更新中。

グルリットの遺産公開ーベルン美術館

2017年11月18日 09時00分00秒 | 他の国

10月10日のNHK BS3の「アナザーストーリー」を録画してかなり放置していたので、昨晩見た。
タイトルは「発見!ナチス略奪絵画 執念のスクープの舞台裏」

内容は
”2012年、ドイツのマンションの一室で、ナチスによって強奪された1200点もの絵画が発見された!
中にはピカソ、ルノワール、マティスなど世界的巨匠の名画が!世紀の発見のきっかけはある老人のささいな疑惑。
だがその裏に数々の謎が…。
なぜ当局は発見を1年以上も公表しなかったのか?
自室で絵画を隠し続けていた、幽霊のような男の正体とは?
第2次大戦の混乱と真実、歴史の闇を掘り起こした記者たちの舞台裏!”(NHKサイトより引用)

番組はこんな感じ。実話だ。
2012年の話、ということで記憶にあるようなないような話だったけど、結構面白かった。
とここで終わっても良い気がするけど…ちょっと気になったことを備忘録的に書いておこう。

この幽霊男の正体は、ナチスドイツの画商でありコレクターでもあったヒルデブラント・グルリット(1895~1956)の息子コーネリウスだった。
ドイツ人だけど、ドイツに住民登録も税金番号も持たない、だから「幽霊」と思われていたけど、実際はオーストリア人として登録していただけ。
この可哀想な幽霊は、父の遺産に縛られ、不幸な一生を送ることになったのだ。

父ヒルデブラント・グルリットはベルリンで美術史を学び、29歳にしてザクセン州ツヴィッカウ博物館の館長に抜擢された。
館長に就任するとすぐに頭角を現し、古いコレクションを見直し、現代美術の新しい空気を取り入れるなど大胆な改革を試みた。時代を先取りしたような彼の「改革」はたちまち知れ渡り、「勇気ある現代美術の専門家」と一部で称賛された。
ところがこうした動きは、この頃台頭しつつあった、ナチスから目をつけられてしまう。
そしてナチスの圧力によりツヴィッカウ博物館の館長を解任されてしまい、ヒルデブラントは知人の紹介でハンブルクの美術館へ移ることになる。

ここでも現代美術作品を購入したり、ユダヤ人芸術家も擁護していたこともあり、ナチスに目の敵にされたヒルデブタントはここも解任されてしまう。
実はヒルデブラントは祖母がユダヤ人の、いわゆる「ユダヤ人ハーフ」だった。
だから本来なら彼もいつ収容所に送られてもおかしくはない立場だった。

それなのに、彼はその実力でナチスの懐に入り込む。
1937年から第二次世界大戦終戦までヒルデブラントは、なんとナチスの「退廃美術品没収計画」の4人の責任者の一人として、全国から没収された美術品の評価、売買に携わることになったのだ。

退廃芸術とはナチスが決めつけた近代美術や前衛芸術が道徳的・人種的に堕落したものであるという概念で、この思想(?)のせいで多くの芸術作品が破壊されてしまった。
退廃美術の烙印を押された約2万点の美術品が全国から没収され、ベルリンの貯蔵庫に集められ、これらをどのように扱うかはヒルデブラントと他の3名の美術専門家に任された。

作品はまず3つに分類された。
1.市場価値がなく破壊されるべき作品
2.とりあえずは倉庫に保存する作品
3.戦争資金のもととなる外貨を稼ぐため外国に売られるべき作品
である。

略奪は当然美術品だけではなく、資産価値があるとみられれば、食器でも宝石でも書籍でも没収され、個人宅以外にも図書館、公文書館、教会、修道院から容赦なく没収した。
それが占領下となったフランスや、のちにポーランドをはじめとする東ヨーロッパに拡大していった。
1941年から44年までにフランスからドイツへ鉄道で運ばれた美術品だけでも4千箱を超えたという。
ユダヤ人コレクターの美術品、博物館や美術館、図書館、修道院、教会などから略奪したあらゆる調度品などは、推定65万点にも及んだという。
ヒトラーはその略奪品で幼少時代を過ごしたリンツに世界最大の美術館を建てるという夢が有ったらしい。
実現していたら、まさに世界一の「泥棒美術館」だ。

ヒルデブラントは戦後多くの美術品を破壊したと語っていたのだが、
他にも「私は印象派などの現代美術品をナチスから救うためにいろいろな方策をとった」とも言っている。
ナチスに従順に従うと見せて、印象派などの美術品が保存されることに心血を注いだと…
それは実はナチスの口座に売り上げ金を送金する一方で、せっせとコミッションを稼ぎ、密かに自分の美術品コレクションも増やしていったのに間違いはなかった。
しかし、美術品は闇の中、やはり破壊されたものと思われ、人々の記憶から薄れていった。

ところが2012年ミュンヘンのとあるアパートから、120点に及ぶ美術品が押収されのである。
この美術品の所有者こそ、幽霊、ではなくヒルデブラントの息子、コーネリアス・グルリットだった。
グルリットが所蔵していた美術品の画家のリストには錚々たるメンバーが並ぶ。
デューラー、ティエポロ、ドラクロア、ロダン、ベックマン、リーバーマン、ディックス、ココシュカ、ロートレック、マッケ、ピカソ、シャガール、ルノワール、セザンヌ、ゴッホ、ピサロ、コローなどなど。
北斎や歌麿など、日本の浮世絵も15点ほど含まれていたらしい。
当局の発表によれば、作品は絵画のみで額縁なしのものが多く、油絵は少なく、素描、デッサン、水彩画、リトグラフ、版画が多かったそうだ。
どれもわりと保存しやすいもの、という感じがする。
(参考:デイリー新聞 「ナチス略奪美術品」の深い闇


これらの遺産を受け継いだのが息子のコーネリウスで、押収された絵画121点、価値にして1200億円くらいだとか。
本来なら持ち主に戻すのが正論だが、ドイツでは例え盗品だったとしても、30年以上所有したものは、所有権がその人に移ってしまうという法律があるせいで、なかなか本来の持ち主に作品を返還することが出来なかったらしい。
番組では、1人ユダヤ人でアメリカに亡命した人が、国を挙げて自分の家族が所有していた絵画を取り戻す、というエピソードも紹介していたが、そこは割愛。

コ―ネリウスはまさに幽霊のような生活だった。
父が残した遺産の絵画を売って生活をしていたようである。
押収された作品は、その後独アウクスブルグ当局が調査し、略奪疑惑のある作品は専門家が調査し、元の持ち主に返却することを条件にコ―ネリウスに返却されることになったのだが、既に大病を患っていたコ―ネリウスはその作品を再び見にすることなく、最後には全ての作品をドイツではなくスイスの美術館に寄付すると遺言し、2015年5月6日に亡くなった。
この”負”の遺産を引き受けたのは、コ―ネリウスとは縁もゆかりもない、スイスのベルン美術館だった。
決定が出たのは丁度今から一年前のことだった。

遺贈された作品は1200点あまり。
この先もドイツが作品の出所を調べ、ユダヤ人所有者がベルン美術館を訴えたりした場合は、ドイツ政府が法定費用などを負担する、ということで合意したらしい。
(参考:swissinfo

そしてそのコレクションが今月、11月1日より公開された。

デッサンやリトグラフ、絵画、150点が展示されている。
”美術館長は「大半の作品について、いつ、どの美術館から略奪されたか分かっている。(個人から)略奪されたものでないことが完全に判明しているもののみ展示している」と述べた。
現在さらに300点が元の所有者を特定中で、徹底的調査が続いているという。”(ロイターより引用。写真も)
しかしもしナチスに略奪された美術品・調度品などが65万点にも及ぶなら、これは本当にその中にほんの一握りにしか過ぎない、と思うとやりきれない。

こんな話全然しらなかったのだが、私がベルン美術館を訪れた去年、確かに工事は行われていた。
あそこに飾られているのか、と考えると非常に感慨深い。
気になる…でも容易にはいけないのである。

ちなみに私はまだどちらも見ていないが、ナチス美術をテーマにした映画
ジョージ・クルーニー主演の「ミケランジェロ・プロジェクト」(実は9月にもこの映画の話をしています。こちら。しかしまだ見られてない!)

とウイーンからアメリカへ亡命した高齢の女性、マリア・アルトマン(1916-2011)が、ナチスに没収された、家族が所有していた伯母がモデルになっているというクリムトの作品(戦後はウイーンの美術館にあった)を取り戻す過程を描いた「黄金のアデーレ 名画の帰還」

を早急に見てみましょう…っていつになることやら。



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2 コメント

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失望でした (山科)
2017-11-18 10:25:07
グルリット コレクションについてはURL
に、書いておきました。
そのなかに、今もURLが変わっていなければ全部のリストをみることができるURLを置いておきました。

正直いって失望でした。

マスコミ的にはあおって商売にしたいでしょうし、
美術商の眼からすると、「お手頃な価格で売れそうなもの」が多く、価格評価はしやすかったでしょう。点数が多いので全部なら相当な金額になるとは思います。
むしろ、同時代の表現派 青騎士なんかの作品がよさそうな感じですね。

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そうですね… (fontana)
2017-11-20 14:26:06
山科様
いつもありがとうございます。
リスト見てみました。確かにおっしゃる通りですね…
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