吉田沙保里 女子レスリング53kg級

「いいか、沙保里。あの金メダルはな、スーパーやコンビニには売ってないんだよ。がんばって練習して強くなって、試合に勝った子しかもらえないものなんだ。だから、勝てるよう一生懸命練習しよう」

吉田沙保里選手が5歳で初めて試合に出たときのことです。男の子と戦って負けてしまった吉田選手は無性に悔しくなって泣きじゃくりました。そして、勝った男の子が表彰式で金メダルを首にかけてもらっているのを見て、「私もあれがほしいよぉ」とお父さんに訴えたのです。

そこから、吉田選手の負けず嫌いが始まりました。

昔は同じ勝つにしても絶対にフォールしたいとか、テクニカルフォールじゃなきゃダメだと言うものがあったそうです。今は1点差でも勝ちは勝ちだと思って試合に臨んでいるそうです。それだけ、勝ちたいという気持ちが年々強くなっているそうです。

よく、「試合後に負けはしたけれど強敵相手に善戦できて満足」みたいなコメントをする人がいますが、吉田選手は「冗談じゃありません。勝負は勝たなければダメだ」と言います。

それは、こんな考えにも及んでいます。1984年のロスオリンピックの柔道男子無差別級決勝で、日本の山下泰裕選手と対戦して敗れたエジプトのモハメド・ラシュワン選手は、あえて負傷していた山下選手の右足を攻めなかったことがメディアで取り上げられ、立派な銀メダルと話題になりました。

「でも、それだって本当は、もともと相手の左足を攻めるのが得意だっただけなのかもしれません。それに、もしあえてケガをしているほうを攻めたとしても、卑怯でもなんでもないと私は思います。ケガをしたのは自分の責任だし、棄権せずに出てきたのは、戦えるってことでしょ。それに、『ケガしたところを狙うのは立派な戦略である』と、当の山下さんもいっています」と言うくらいです。

この吉田選手の考え方には私も賛同です。



また、戦い方にはその人の性格が如実に出ると言います。普段おっとりしている選手は、スピードや瞬発力が欠けた戦い方になるので、試合でもなかなか勝てない、また、練習で相手が壁にぶつかるのを気づかって、つい力を抜いてしまう心優しい選手は、試合でもせっかく攻めているのに詰めが甘くて簡単にバックに回られ、ポイントを奪われてしまう。だから、そういう性格だとなかなか強くなれないと言います。

では、強い選手に共通の性格は何かというと、これは例外なく負けず嫌いなんだそうです。例えば、女子69kg級リオデジャネイロ・オリンピック代表の土性沙羅選手は道場でスパーリングするときも、実戦さながらの気合で向かっていくので、相手を壁に叩きつけるなんて日常茶飯事。たとえそれが先輩であっても、まったく遠慮しないそうです。それぐらい強い気持ちの持ち主じゃないと強くなれないし、世界では戦えないと言います。特に格闘技であるレスリングには遠慮や優しさは邪魔なだけだと言います。

特にそれが顕著なのが、外国人のかわいい選手と戦うときなのだそうです。

「いるんですよ。海外にはときどき、美形で手足が長くてスタイルのいい、モデルみたいな選手が。そういうときは燃えますね。『よし、ブン投げてやる!』ですよ」

吉田選手のその気持ちはよく判ります。相手にとってはとんでもないとばっちりまで喰らうことになってしまいます。いい迷惑だと思います。

さて、吉田選手はことあるごとにオリンピックの経験を後輩たちに伝えて来たそうです。

「オリンピックには魔物がすむ、とか言われるけど、それはもう自分の心なんだよ。五体満足でケガもなく、万全で行っても一回戦で負ける人もいるし、ケガをしていても勝つ人もいる。それはもう自分の気持ち。最後は何が何でも上になっていよう、手が上がるまで諦めないようにしよう」

緊張とかプレッシャーが魔物なのです。それにまず打ち勝たないといけない自分がいます。勝つのが当たり前と言われている中、それでも結果を出さなければいけない。並大抵の精神力ではいられないでしょう。
後輩たちは吉田選手の背中を見て、吉田選手は後輩たちの存在を支えにして立ち続けてきました。総決算ともいえるこのリオです。

「私、本当に自分が女でよかったと思っています。男だったらきっと、試合で何人か相手を殺してますね」