囲碁漂流の記

週末にリアル対局を愉しむアマ有段者が、さまざまな話題を提供します。初二段・上級向け即効上達法あり、懐古趣味の諸事雑観あり

「話」のはなし

2021年05月02日 | 雑観の森/心・幸福・人生

 

 

ラ・ロシュフコー箴言集より


話をしあう場合、

ものわかりがよくて

愉快げに見える人は

実にまれである。


それは人々の十の八、九が

相手の話をよく聞こうとするより

そういう人の眼のうち

心のうちには ただ漫然と

相手の話に耳を傾けながら

自分の言おうと思っている所に

一刻も早く話を落とそうとする

気ぜわしさが垣間見られる。


そういう人は

自分を満足させようと

あせることが

他を喜ばせたり

説得したりするには

拙策であり

よく聴き、よく答えることが

話をし合う場合の

立派な態度であることを

あんがい知らないのである。

 


       ◇

 


「舌」で「言う」から

「話」という文字になった。

 


相手の話は右から左に素通り

自分が一方的に話してしまう

という人が大勢いる。

 

相手の話など どうでもいいとなれば

自分の意思を相手に通すことなどできない。

二人の態度が不十分であり

ココロを通わせられない。

 

「話し上手より聞き上手」

できそうで

できないものである。

 

「会議は踊る されど会議は進まず」

百家争鳴にして

トンチンカン

なにも決まらない。

 

絡み合いか、百年の孤独か。

 

 

 

 

【百家争鳴】 多くの学者が自由に自説を発表し論争すること。1956年に中国政府が「百家斉放」と併せ提唱したが、その結果、共産党批判が起こったため、反右派闘争に転じた。<広辞苑>

 



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