【侍従長・入江相政の随筆「古典逍遥」より の巻】
■仙洞御所
御所の南東に、御所よりずっと小さい区画、
それが仙洞御所。
昔は、なにかというとすぐご譲位になった。
そして上皇になり、法皇となった方は、
みなここに御起居になった。
(中略)
私の先祖は千年も京都に住み継いだ。
父も京都生まれ。
父が十九歳で東京に出てきて家を持ったから、
私の兄弟はみんな東京生まれだが、
とにかく千年も世話になったのだから、
京都には特別の思いがあり、
生れたのは東京であっても、
私が生まれた頃の明治から大正にかけての東京ならともかく、
このごろの東京を故郷とおもうのはちょっと無理で、
私の故郷はやっぱり京都と思っている。
私の祖父が時の天皇に歌の御指導をしていた関係から、
たとえば、東山御文庫の中には、
祖父や曽祖父が短冊に題を書き、
その下に時の天皇が御製をお書きになった宸翰がたくさんのこっている。
(中略)
私の願いはただ一つ、
多くの人が、京都を正しく認識して、
いつまでも京都ながらの京都としてまもってもらいたいということ。
その祈りをこめて、私は今もこれを書いている。
◇
特別の街である。
住まなくなっても、想うだけ、時折訪れるだけで、
郷愁を誘う、不思議な街である。
この街の匂いは、どこにもないと感じる。
紅葉や桜の季節には観光客の波で埋め尽くされるが、
わたしは、人影のない路地を好む。
そして夏が好き、冬も好きである。
底冷えの路地裏の寺社仏閣をそぞろ歩き、
その界隈にてしばし佇むとき、
ずっしりとした歴史を胸の奥に感じるのである。
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