【お江戸の「招き猫」物語 ~ ツンデレ&気ままにて 猫族の癒しのチカラ ~ の巻】
その昔、
嘉永五年か六年(19世紀半ば)の頃、
江戸・浅草の馬道あたりに住む おばあさんが
我が子のように可愛がっていたたネコがいた。
しかし、その飼い主も、
寄る年波に動くことがままならなくなり
日常生活にも困ってきたので
仕方なく他所に譲り渡した。
ところが、その夜の夢に
譲ったネコに そっくりのネコが現れ
「私の姿を作って売れば
何事も上手くいくでしょう」
と告げた。
そこで今川焼の丸〆という焼き物づくりに頼み
招き猫を作ってもらい、浅草観音堂の傍で
売り出したところ、大変売れ行きがよく、
デフレ風を吹き飛ばしたという。
これにあやかろうと
マネをする人々も次々出てきて
各地に広まったのである。
有馬や鍋島のは 化け猫だが
招き猫は ネコの恩返しの話。
昔から「恩知らず」で通ってきた
猫族(びょうぞく)の恥を濯(すす)ぐ
うるわしい物語なのである。
<嗚呼、もうネコなしでは……生きていけぬ>
同僚というよりネコ友達であるHが
「報告なんですが、うちのネコちゃん、
死んじゃいました」という。
スマホの写真をみると、体重3㌔もない。
ノラから拾われ、3、4年の短い生涯だった。
「それで、15匹になっちゃいました」
Hの奥方は無類のネコ好きで、保護しているうち
いつの間にか、にぎやかになっていくのが常らしい。
エサ代やら診療費やらで月に数万円以上がかかるが、
この家の家計の最優先事項のようで、
気にする素振りは微塵もない。
わたしは義理で時々内職(ないしょ)を引き受けてきたが、
目論んでいた遊興費ではなく、ミイちゃんの薬代になっている。
これもナイショだが、むしろ本業よりチカラが入るほどである。