出版不況が言われて久しく,IT関係の雑誌も軒並み休刊・廃刊になっているらしいが,「学習」,「科学」という学研の小学生向き看板雑誌も遂に姿を消す。
少子化や購買部数の伸び悩みが原因ということだが,やはり学校で販売しなくなったことが大きいのかもしれない・・・。
私が小学生の頃,「学習」も「科学」も学校で集金袋を渡され,翌日屋体の一郭で学研の販売員と思しき人によって販売されていたように記憶している。
やがて弟の代になると学校では販売しなくなったらしく(癒着が指摘されたのだろうか?),販売員が家庭に届けてくれるようになった。
そうした中で,販売部数を落としてきたのだろう・・・。
私の親は娯楽関連には一貫して厳しい態度をとっていたが,雑誌名に惹かれたのかこの「学習」・「科学」(+小学館の学習雑誌-こちらも休刊らしい)に関しては理解があり,に関しては理解があり,小学校4・5年では両方を,6年では私の希望で「学習」を毎月買ってくれた。
「科学」は付録が,「学習」は本誌がウリだったように記憶しているが,豆腐や水飴を作ったり,単三電池2本を組み込んだコンパクトな顕微鏡で魚の鱗を見たり(後年には,銅鐸と志賀島出土の金印の模型や吉野ヶ里遺跡のディオラマが付いたりしたらしい),さらにはわくわくする展開に次回が待ち遠しくなるジュブナイルに填ったり,毎月かなり楽しみにしていた記憶がある。
また,園山俊二画伯の筆による連載漫画に触れたのも,これらの雑誌によってであった(ギャートルズではなく「はじめ人間ゴン」だった)。
輪切りの肉とかデフォルメされたマンモスの群れとか巨大な石の貨幣とか,今考えても斬新でスラップスティックな内容であった。
また,年に一回秋口に発売される増刊「読み物特集号」も楽しみの一つだった。
読み切りの中編小説を読んだ後の充実感は,今でも覚えている。
天正遣欧使節に関する知識を初めて得たのもこの本だったし,決して読書家ではなかった当時の私の知識の源だった・・・。
こうしたものが次々と消えていくのも世の無常だろうか・・・。
6年生になる上の子が,それらと一切縁のない生活をしているのも時代とはいえ,勿体ないような気もする・・・。
少子化や購買部数の伸び悩みが原因ということだが,やはり学校で販売しなくなったことが大きいのかもしれない・・・。
私が小学生の頃,「学習」も「科学」も学校で集金袋を渡され,翌日屋体の一郭で学研の販売員と思しき人によって販売されていたように記憶している。
やがて弟の代になると学校では販売しなくなったらしく(癒着が指摘されたのだろうか?),販売員が家庭に届けてくれるようになった。
そうした中で,販売部数を落としてきたのだろう・・・。
私の親は娯楽関連には一貫して厳しい態度をとっていたが,雑誌名に惹かれたのかこの「学習」・「科学」(+小学館の学習雑誌-こちらも休刊らしい)に関しては理解があり,に関しては理解があり,小学校4・5年では両方を,6年では私の希望で「学習」を毎月買ってくれた。
「科学」は付録が,「学習」は本誌がウリだったように記憶しているが,豆腐や水飴を作ったり,単三電池2本を組み込んだコンパクトな顕微鏡で魚の鱗を見たり(後年には,銅鐸と志賀島出土の金印の模型や吉野ヶ里遺跡のディオラマが付いたりしたらしい),さらにはわくわくする展開に次回が待ち遠しくなるジュブナイルに填ったり,毎月かなり楽しみにしていた記憶がある。
また,園山俊二画伯の筆による連載漫画に触れたのも,これらの雑誌によってであった(ギャートルズではなく「はじめ人間ゴン」だった)。
輪切りの肉とかデフォルメされたマンモスの群れとか巨大な石の貨幣とか,今考えても斬新でスラップスティックな内容であった。
また,年に一回秋口に発売される増刊「読み物特集号」も楽しみの一つだった。
読み切りの中編小説を読んだ後の充実感は,今でも覚えている。
天正遣欧使節に関する知識を初めて得たのもこの本だったし,決して読書家ではなかった当時の私の知識の源だった・・・。
こうしたものが次々と消えていくのも世の無常だろうか・・・。
6年生になる上の子が,それらと一切縁のない生活をしているのも時代とはいえ,勿体ないような気もする・・・。
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