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日本橋三越の大リニューアル不発、デジタル化で現場大混乱
週刊ダイヤモンド編集部,岡田 悟
Photo by Satoru Okada
デジタルを駆使した“もてなし”を目玉に昨秋リニューアルした三越日本橋本店。だが掛け声とは裏腹に売上高は前年を下回ってスタート。実態を無視した施策に、現場は混乱に陥っている。
(「週刊ダイヤモンド」編集部 岡田 悟)
1月2日午前9時50分、屋外や地下通路で行列をつくっていた約5000人の買い物客が一斉に店内に入った。三越日本橋本店(日本橋三越)の初売りである。ライオン口付近では、三越伊勢丹ホールディングス(HD)の杉江俊彦社長らが客を出迎え、売り場は福袋を一人で幾つも抱えた客であふれた。
日本の百貨店の礎ともいえる同店は、昨年10月に第1期のリニューアルを完了。コンセプトは「世界をときめかせる、もてなしの技」だ。だがその実態は、2017年に就任した杉江社長が進める「構造改革」によって、極めていびつな様相を呈している。
三越伊勢丹HDではリニューアルを「リモデル」と称するので、以下でもそのように表記しよう。今回のリモデルの目玉は徹底した「もてなし」である。店内には90人の「コンシェルジュ」と100人の「ガイド」と呼ばれる人員を配置した。
ガイドは、客の求めに応じて各売り場に案内し、販売員やコンシェルジュにつなぐ。コンシェルジュは、婦人服や紳士服などカテゴリーごとの商品知識やコーディネートに長けた接客の“精鋭”で、主に富裕層に徹底したパーソナルサービスを施すという。
一方で、そもそも日本橋三越は、伝統的に「帳場」と呼ばれる政財界の要人などの超VIP客を抱えている。「お得意様営業部」の担当者が、客の家族も含めて長年付き合い、子や孫の結婚式や受勲など、公私のライフイベントに応じて商品やサービスを整える。
VIP担当を配置換え
今回のリモデルで生まれた新たな「もてなし」が、従来の帳場の手法を発展、拡大させたのかといえば、さにあらず。何が問題なのか、詳しく解説しよう。
下図1のように、杉江社長は17年11月の決算発表記者会見で、日本橋三越について「リモデルが失敗しても大丈夫なほどコスト削減を課した」と発言。その内実は宣伝費などの削減にとどまらず、お得意様営業部の百数十人のうち、海外転勤などさまざまな事情で購入額が少ない顧客をフォローする数十人を、ガイドや、後述する「ザ・ラウンジ」の担当に配置換えした。関係者によると、彼らは接触機会が減少していた顧客と新たに関係を構築することで、特に売り上げを伸ばしていたといい、配置換えで今後の帳場客の流出を懸念する声は強い。
一方で杉江社長は「デジタルトランスフォーメーション」なる施策を掲げ、インターネット通販の強化や、商品の在庫管理、接客のデジタル化を目指す。その一環として、日本橋三越のガイドやコンシェルジュに、スマートフォンなどのデジタル端末が配布された。
顧客が高齢化し、若者の取り込みを目指す百貨店にとって、デジタル戦略は欠かせない。杉江社長も年頭所感で「『人』と『デジタル』を融合し、お客さまに新しい価値をご提供する」とつづっている。とはいえ、形ばかりのデジタル化で従業員や目の前の顧客を混乱させては元も子もない。そんな残念な事態が、実際に日本橋三越で生じているというのだ。例えば、配布されたデジタル端末には、図2のように、客の年齢や性別、客との会話で聞き取った趣味や買い回りの動向などを打ち込むよう指示が出ている。だが、案内や接客の最中に、氏名などを無理に聞き出すわけにはいかない。そもそも、客の目の前で端末を操作するのは非常識だ。故に「従業員は客が去った後に、断片的な情報を思い出して打ち込んでいる」(三越伊勢丹関係者)。店の幹部から「うまくいった事例を報告しろ」と求められるため、それらしい内容を“作文”して入力する従業員さえいるという。
しかも端末に打ち込まれた情報は、グループのクレジットカードである「エムアイカード」や、お得意様営業部が長年の付き合いで把握したVIP客の情報とは同期させていない。
“画餅”の増収計画を丸のみ
三越伊勢丹HDの広報・株式ディビジョンの担当者は「端末で打ち込んだ情報はいずれ他の情報と同期させることを目指している」と話す。だが「VIP客が、お得意様営業部の担当者だけに話してくれた個人情報を、初見の店員から口にされては、長年築いてきた関係が崩壊する」(別の三越伊勢丹関係者)という反対論が出ているし、「そもそも個人情報を店内で共有すれば売り上げが伸びるという考え方に、本社の百貨店事業本部さえ疑問を呈していた」(同)との証言もある。
なぜ、現場の実態を無視した形ばかりの「デジタルトランスフォーメーション」を導入するに至ったのか。
17年3月に大西洋前社長をクーデターで放逐した杉江社長は就任当初から大胆なコスト削減を掲げたが、社の内外から「成長戦略が見えない」との批判を浴びた。そこで17年末ごろから、しきりにデジタルを活用した成長戦略をアピールするようになった。
また、杉江社長ら現在グループを主導する旧伊勢丹の経営企画や管理部門出身の幹部は、百貨店ビジネスの現場に疎く、机上の空論ばかり主張するという傾向は業界でよく知られている。
そんな彼らは、従業員に旧三越出身者が多く残る日本橋三越に対し、お得意様営業部の人員を減らしても、デジタル端末で“武装”したガイドやコンシェルジュの力で新たな顧客を獲得し、店の売上高を100億~200億円程度引き上げることができる──と主張。コンシェルジュには従来の帳場の客とは別に、1人につき年間100万円以上を買い上げる客を新たに100人以上獲得するよう目標を設定した。