きっと忘れない

岡本光(おかもとこう)のブログです。オリジナル短編小説等を掲載しています。

艦これ2次創作小説 からかい下手の朝霜ちゃん

2020年05月21日 | 小説 (プレビュー版含む)

僕が新任提督としてこの大湊司令部に配置されてから、気がつけばもう二年の月日が流れていた。まだ十代の僕にとって、最高司令官というのは何年経ってもやはり荷が重い仕事だ。

 

着任当初は小規模の敵を撃破する為の指示をするだけでも苦労をしていたけれど、日向さんや赤城さん達をはじめとした頼りになる艦娘(海戦戦闘能力の極めて高い女の子達)の皆さんの力を借りて、最近はようやく戦果を上げることが出来るようになってきた。それは良いのだが

 

「よう、ショタ提督!  元気でやってっかー!」

 

「その呼び方はやめてって言ったよね、朝霜ちゃん」

 

「でも食堂じゃ日向さんたちもショタ提督って呼んでるぜ?  にひっ」

 

朝霜ちゃんは一年前にこの司令部に着任した艦娘だが、何かというとこんなふうに僕をからかっては変な笑い声をあげる変わった子だ。裏で色々言われるよりは全然いいけど、やっぱりショタ提督なんて事を直接女の子から言われてしまうと、僕だって楽しい気分にはなれない。

 

「ところで執務室に何の用事? 朝霜ちゃんの任務はもう少し先だったと思うけど?」

 

「用事がなくてもショタ提督の顔を見たいから、じゃダメ?」

 

「えっ、別にダメじゃないけど…」

 

「なーんてな! 赤くなってんじゃねーよ!  ぎゃはは」

 

「酷いよ朝霜ちゃん!」

 

僕は慌てて帽子を目深に被り、朝霜ちゃんから顔を逸らした。

 

「まーな。たまには他の艦娘のいねー所でゆっくり休憩したいって思ってよ」

 

そう言うと朝霜ちゃんは執務室の畳敷きの床にドカッ、っと腰を下ろした。僕が何か言う間も無く、一瞬のうちに靴を脱いでタイツを着たままの足をプラプラをさせている。朝霜ちゃんは、たまにはと言いながら、月に何度かこうやって執務室に用事もないのに訪ねてくる。

 

「朝霜ちゃん、一応女の子なんだからもう少し恥じらいとか…」

 

そう言いながら、僕はお茶を飲もうと朝霜ちゃんの座る畳の横に移動し、ちゃぶ台においてある急須に手を伸ばした。和室の執務室は赤城さんのリクエストによる特注のつくりで、僕にとって常にとても落ち着いて仕事の出来る場所だった。

 

「…あーん? いま一応って言ったよな? 一応女の子ってなんだよっ!? 一応って!」

 

「ご、ごめん朝霧ちゃん!」

 

司令官がそんなふうにあたいのことを言うなら、ちゃんと可愛い女の子だってことを証明しねーとな!

 

僕が止める間もなく、朝霧ちゃんはタイツを脱ぎ、白い足を僕の目の前に投げ出した。

 

「どーよ! この生足! うりうりー」

 

タイツを脱いだ朝霜ちゃんの白い足が僕の太ももをツンツンとつつき、女の子特有の甘酸っぱい匂いが和室の執務室の中に広がって行った。

 

「朝霜ちゃん、ダメだってば。誰か来たら誤解されちゃうよ!」

 

「そんときはショタ提督にセクハラされたーって言いふらしてやんよ?」

 

「朝霜ちゃん、本気なの?」

 

「ウソに決まってんだろ!  ほりゃ、電気アンマ!」

 

「朝霧ちゃん、もうやめてってば! 」

 

僕は朝霜ちゃんの攻撃に動揺して半分泣きそうになりながら、必死に身体をよじらせていた。

 

「ギブアップ!  ギブアップだよ朝霜ちゃん!」

 

「そんなだからショタ提督って言われんだよ。でもまぁ、許してやんよ」

 

いつの間にか畳の床の上で抱き合うような姿勢になった僕と朝霜ちゃんは、しばらくの間、しお互いに身体全体を押し付け合うようにしていた。朝霜ちゃんの匂いと息遣いが間近に感じられて、僕は緊張で気が遠くなりそうになっていた。何分くらい抱き合っていただろうか。ふいに朝霜ちゃんが僕の口にチュッ、とキスをして、真っ赤な顔をして言った。

 

「司令官、あたいはショタ提督っていつも言ってるけど…別にそれが嫌とかじゃねーんだよ…逆に可愛いし」

 

「朝霜ちゃん、ダメだよそんな事言っちゃ…それにキス…」

 

「んだよー。あたいに言われたら嫌なのかよ!」

 

「嫌じゃないけど…僕は司令官なんだから、もっとしっかりしないと」

 

朝霜ちゃんは一瞬ムスっとした表情になると

 

「バカ司令官! !  そんならあたいがもっとキスしてやんよ!」

 

そう言って唇を重ねて、僕に大人のキスをした。朝霜ちゃんの舌は蜜柑の味がした。

 

「朝霜ちゃん、なんでこんなこと…」

 

「司令官のばーか! 好きだからに決まってんだろ!!」

 

朝霜ちゃんが小さくて可愛い三角の眼で僕を睨みつける。

 

「あたいだって恋する女の子なんだよっ! いいかげんに気づけよバカ司令官!」

 

ああ、僕は馬鹿だ。朝霜ちゃんの言う通りのバカ司令官だ。

 

「ごめんね、朝霜ちゃん。僕も…」

 

言いかけた僕の口を、朝霜ちゃんが今度は軽いキスで塞いだ。

 

「ショタ提督は、これからも鎮守府の艦娘みんなのショタ提督だよ。あたいだけのものにはなったりなんかはしない。でも、あたいは今日のことを絶対に忘れたりしない。たとえどんな戦いに挑むことになっても、あたいだけのお守りにして持っていくんだ」

 

「朝霜ちゃん…」

 

「ほら、立ってシャキッとしろよ司令官! じゃないと蹴っ飛ばすぜ」

 

そう言ってギザギザの歯を見せて笑う朝霜ちゃんはまるで普段と変わらない様子で、その事は僕も普段通りのショタ提督に戻れそうだ、と思えるには充分な材料だった。

 

けれど、僕も決して、今日の朝霜ちゃんとの思い出を忘れたりはしないだろう。いつか戦いの日々が終わったとしても。

 

「ありがとう、朝霜ちゃん」

 

僕は立ち上がって帽子を被り直し、シャツのボタンを確かめるとネクタイを締め直した。

 

「それでこそあたいたちの司令官だな! にひっ」

 

朝霧ちゃんはそう言って、最高の笑顔で僕に笑いかけてくれた。その笑顔はまるで夏のヒマワリのようで、僕は執務室が夏の日差しに包まれたような気がして、少しの間だけ目を細めていた。

 

(了)


エッセイ 単純化して整理するという事

2020年05月07日 | 小説 (プレビュー版含む)

自分はこのブログのエッセイの執筆内容に関しては、誰も居ない場所で叫ぶ孤独な哲学者の声のようなものだと思っている。だから、好きにやらせてもらう。

 

さて、通称新型コロナウイルスという感染症の流行について、自分が把握している事のみを資料無しで列記してみる。

 

2020年初頭、中国武漢で新型コロナウイルスというインフルエンザの新型ウイルスが流行と報道される。

この時点では自分は、他国で起こる災害のような感覚でニュースを見ていた。

 

三月ごろ、豪華客船ダイヤモンドプリンセス号が横浜に入港。船内でコロナウイルスが蔓延していると報道される。

同時期、武漢は都市閉鎖(ロックダウン)され中国の他の都市との交通が完全に遮断されたと報道される。

この時点でも、日本国内で武漢と同じような都市が発生するとは考えていなかった。

 

三月上旬ごろ、コロナウイルス対策で全国の小中高校が早めの春休みに入る。

自分の認識としては多少大げさな対応かなと捉えていた。

 

四月ごろ、緊急事態宣言が日本政府により一部大都市に発令される。このことによって、指定都市の映画館やライブハウス、カラオケ店が軒並み休業する。また、マスクやアルコールスプレーが品薄になり、日本国民全体に買占め傾向が見られると報道されるようになる。インターネットを活用した「テレワーク」やコロナ対策のための「自宅待機」が政府より要請され、対応出来る企業はそれを行うようになる。

 

四月半ば、緊急事態宣言が全国に拡大される。ゴールデンウィークを前に百貨店やショッピングモール、レストランチェーン、小規模の個人経営の飲食店などが国からの要請に対応する形での「自粛休業」に入る。

 

この頃からテレビ報道が異様な空気を見せ始める。何か戦争や大災害が起こっているかのような論調で、主にワイドショーでコロナの恐ろしさが毎日訴えられ、またそれに影響された人たちのヒステリックな様子も同時に報道されるようになる。「自粛警察」というインターネットミーム(造語)が生まれる。

 

ゴールデンウイークに入ると、テレビCMや新聞などで「ステイホーム」のスローガンが声高に叫ばれ、外に出るのが悪という風潮が生まれる。中国ではコロナ蔓延が収束、アメリカではコロナによる死者数7万人の報道がある。日本での死者数は約550人。

 

ゴールデンウイーク明け。多くの企業がテレワークを解除しはじめる。東京、大阪、愛知、北海道は未だコロナ警戒を続けている様子だが、他府県では一斉にこれまでの自粛を解除し、人の動きが活発化しようとしてる。

 

以上の出来事を考え、自分に対する影響は何があったのかを整理してみる。・・・何かおかしくないか?

親類にあたる子供たちが休校になったが、一緒に住んでいる訳ではないので自分に影響はない。仕事に関しては元々派遣契約なので、派遣の仕事の無い時期と今の状態は、何ら変わらない。新たな派遣先探しが出来なくなったが、それは体調が悪い時も同様で出来ていなかった事だ。

世間的な風潮で気軽な外出が出来なくなった。これは大きな影響といえる。だが、元々ほとんど外出しないような時期もあるのが自分の生活だ。これも何も変わらない。

経済面。コロナの影響で特に収入が減ってはいない。コロナのため大きな支出をする事も今のところない。逆に増えてもいない。

 

結局、なんとなくの「気分」以外、何も実質的に変わっていないし、影響を受けていない。

コロナ禍以前と同じものを食べ、同じもので遊び、同じ交友関係の中にいる。社会的立場も変わらない。

敢えて言えば、こまめな手洗いとマスク着用をするようになった事と、ネットでの交流が増えた。変化はそれくらいだ。

 

単純化すれば、こういう事だ。生活の外から入ってくる情報が違うだけで、何も変わらない。

ここまで整理しないとそれに気付けない自分に腹もたつし、呆れる気分もある。

客観視とはこういう事だし、そうした視点を持ち己を顧みる事を、自分は時折するべきなのだろう。

 

 

それはそれとして、世界情勢とコロナの流行に関する動きは色々とキナ臭いし、今後の世界情勢に間違いなく影響を与えるのだろう。しかし、それを考えた所で自分はその流れを変える事は出来ない。だから考えない。

 

今は考えないが、観察する事と意識を配る事は忘れずに行い、いつか答えを導き出すための情報は必要だし、それは集めるという事だ。それをしない事は思考放棄だ。聴衆はいなくとも、哲学者は哲学者なのだ。思考は放棄しないし、それをした時には、自らの哲学は死ぬという事だ。

 

最後に、ただ漠然と思っている事を書いて終わる。おそらく自分の哲学の根幹は「悪意なき弱者の立場の確立と、その弱さに対する社会的救済」の追求だ。その事をずっと考え続けている。強者になれという事ではない。弱者が弱者のままで引け目を感じずに生きるための手段と哲学を、自分はずっと探しているし、それを論理として解き明かしてシステムに名前を付けたいのだろう。

(了)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「今日は一日ガンダム三味Z」 榊原良子さんのメッセージ

2020年05月06日 | 小説 (プレビュー版含む)

 

最初に 今回の記事はNHKFM様の番組「今日は一日ガンダム三味Z」の放送内容からの引用があります。もし著作権等の関係で問題があり、削除依頼がありましたら、すぐに削除を行う旨を明記いたします。また、番組内での声優の榊原良子様の「緊急事態宣言下での、今の日本での暮らしについての皆さんに向けたメッセージ」をそのままの内容で記載しております(書き起こしに関してはツイッターにて燕子花様にご協力を頂きました)。

 

 

ばるたんです。5月6に日に放送されたNHK-FMの番組「今日は一日ガンダム三味Z」をほぼ丸一日、リアルタイムで聞きました。

 

 

8時間半という長時間の放送があっという間に感じられた素晴らしい内容の番組でした。司会の里アナウンサーの進行もお見事で、アシスタントの星アナウンサーの初々しいガンダム初心者ぶりも聴いていて微笑ましかったです。ゲストの方々も多彩かつ濃いお話ばかりで大満足でした!

 

 

さて、この番組のラスト15分に声優の榊原良子さんがゲストで登場されました。私は榊原さんの長年のファンで(好きになったきっかけはZガンダムに登場したハマーン様の演技です)このサプライズに非常にテンションが上がったのですが、榊原さんはハマーンという役とZガンダムという作品について、こう話されていました。

「両親から戦争の悲惨さを直接聞いていたので、自分の出演作について、戦争や争いが格好いいという作品やキャラクターにしたくないという思いがあった。ハマーンを演じている間はよく落ち込んでいた。ゼータの終盤にハマーンが格好いいという評判を聞いて演技を失敗したと思った」(要約)

自分がこれまでにZガンダムという作品を見てきて、まったく想像も出来なかった心境でした。私の知識不足かもしれませんが、榊原さんはこんなに繊細な方だったのかという驚きがありました。

この後、榊原さんは「その後はハマーンという存在に(もっと肩の力を抜いて?)と思うようになった。自分自身が肩の力を抜いて役と向き合うという姿勢を身に付けて行く過程に重なっていたとも思う」と話されていて、なんだか自分としてはホッとしたような気持ちになりました。

 

 

榊原さんはガンダムについてのお話をされたあと、司会の里アナウンサーの「ガンダムファンに向けて、今の大変な時代にどう向き合うかといったメッセージをいただけませんでしょうか」という投げかけに「用意をしてきたものを読みます」と応えられてから、下記のように話されました(以下は放送内容の書き起こしです)。

 

 

「つまんないなぁ…って思ったって良いじゃない。いつまで続くんだよ…って腹立てたって良いじゃない。自分がこれからどうなるんだろう…って不安になっても良いじゃない。あれがしたいこれがしたい…なのにできないって地団太踏んでも良いじゃない。

 

自分は我慢が足りないのかな?って自分を責めてても良いじゃない。他の人は楽しそうなのになんで自分だけ?って不満たらたらしたって良いじゃない。そんな自分が恥ずかしいって落ち込んだって良いじゃない。人間なんだもの。人間なんだから、そうなったって良いじゃない。

 

だって、それでも今何をしなければならないかを皆きちんとわかっているんだもの。そう。自分を守ることが人を命を守るのだって、あなたも君も皆わかっている。そのわかっているっていうことが一番大切。一番価値あること。誰かが言っていた。明けない夜はない、と。

 

そして私は言いたい。やがて陽は必ず昇る。 皆で一緒に陽が昇るのをしっかりと見よう。 きっと今までに一度も見たことがない、素晴らしい日の出だよ。その時、皆が皆、同じ最高の達成感をわかちあえる。これって凄い。そうじゃない? はい…皆頑張って!大丈夫だよ!」

 

 

榊原さんはとても穏やかな声で、Zガンダム最終回ラストシーンで使われたBGМが流れる中、このように話されました。自分の感想等は、ここには敢えて書かないでおきます。ただ、この榊原良子さんのメッセージがより多くの方に伝わってゆく事を切に望みます。

 

今回、この番組を聴けて本当に良かったです。放送をメールで教えてくれたり、ツイートで教えてくれたりした友人の皆さんに感謝します! また、書き起こしにご協力いただいた燕子花様に、改めて最大級の感謝と敬意をお伝え致します。

 

(了)


鉄と病原菌と田舎の暮らし 後編  (未完、連載中)

2020年05月05日 | 小説 (プレビュー版含む)

 

 

雑貨屋のおばちゃん…歩の母親でもあった人が息を引き取ってから二週間が過ぎた。

 

おばちゃんは感染症の発症から十日後、高熱で苦しんだ末に最後は極度の脱水と窒息に近い状態で亡くなった。もう私たちの村に医療従事者は一人も居ていなかったから、おばちゃんが肺炎や他の症状を起こしていたかどうかは、最後の時まで私たちには分からなかった。

 

もはやお葬式やお通夜を行う余裕は村にはなく、私たちは自作の防護服で全身を完全に覆い、おばちゃんを火葬した。その時にはもう不思議と悲しさはなく、どこか脱力感に似た感覚が私の心に漂っていた。

 

「雑貨屋を続けるなら、一人やったら厳しいやろ」

 

歩が、おばちゃんを見送り終わってしばらくしたある日、私の家に立ち寄って薄いコーヒーを飲みながら言った。

 

歩とは別に一緒に住んでる訳ではないが、おばちゃんの一件があってからは、頻繁に私の家に立ち寄ってあれやこれやと話をするようになった。歩の家は感染の危険があるので、今までと同じように続けて住むことは出来なくなっていたが、彼は持ち前の要領の良さで村の隅にある空き家をただ同然で借り上げ、さっさと一人暮らしを始めていた。

 

「一人じゃなくても厳しいわよ。私今まで接客業も流通業もやった事ないんだから」

 

話し相手がいるというのは、やはりありがたい事だった。世の中がこんな状況であれば余計のこと、どうしても独りでいると悲観的な考え方になってしまうから。

 

「そやからワイが手伝う言うとるやろ?」

 

「君が手伝うじゃなくて引き継ぐでしょ? 貴方のお母様のやってたお仕事なんだし」

 

「オカンが仕事引き継げ言うたんは、おーちゃんにやろ?」

 

「……そのおーちゃんっていうのやめて?小学生のあだ名とか」

 

若干険悪な空気になりつつも、私と歩はそれなりにうまくやっていた。幼なじみとも言えない只の小学生時代の同級生だが、疫病の蔓延するこの時代では、そんな些細な人との繋がりですら、互いに信頼を寄せる根拠になっている。

 

「でも、どのみち商売を再開するしか手はないわね」

 

私はおばちゃんの書いてくれたノートを広げ、もう何度目を通したか分からないその内容をまた読み返した。

 

疫病の蔓延により、電話や郵便などの通信インフラは日本では既に壊滅していた。インターネットがまだ使用できるのは有志によるサーバー管理が草の根状態で継続されているためで、ネットというものが国営でなかった事が結果的に幸いしたのだ。

 

電話が出来ないという事は、ネットを使った経験のないお年寄りや子供が社会から分断されるという事でもある。村で畑で野菜を作っているのは、そうしたネット使用経験のないお年寄りがほとんどだった。今まで、そうした人たちの情報源はおばちゃんとの世間話がほぼ全てだった。村の人たちの安否確認の意味においても、おばちゃんの商売の取引は有効に働いていたのだ。

 

「順番に廻ったら三日くらい?」

 

「急いだら二日。全力で丸一日やな」

 

私と同じくノートの内容を既に丸暗記している歩が答える。彼は本当にこうした部分で要領がいい。小学生時代も、テスト勉強をあっさり終わらせ自分だけさっさと遊びに行くような嫌な奴だったな、と私はもう何十年も前の事を思い返した。

 

「明日からお仕事スタートしますかね」

 

歩のコーヒーカップを引き受け、自分の分と並べて手早く流し台に置く。洗い物は後回しだ。

 

「ほな、明日の朝にまた来るわ」

 

歩がそう答え、ヘルメットを左手に持って椅子から立ち上がる。もうすっかりお馴染みになったやり取りだ。

 

「気をつけて。手袋は絶対外さないでね」

 

「手袋はバイク乗りの基本やがな。当たり前や」

 

感染症の危険がどこにあるのか分からない今となっては、どれだけ自分たちの肌を覆えるかが生死を分けると言ってもいい。マスクや手袋は、夏場であっても生活をしていく上での必須の衣服となっていた。

 

「じゃあ、おやすみなさい」

 

泊まっていけ、とは言わない。彼もまたそういった事は一度も言い出さない。暗黙の了解のような空気が私たちにはあった。

 

「ほな、さいなら。また明日な」

 

優しげな声で歩が言い、ヘルメットを被ってバイクのエンジンを点けた。バイクのテールランプの赤い光が灯り、その光は田舎道の闇の向こうへと、ゆっくりと流れていった。

 

(続きます)

 


小説 少年の孤独 あとがき付き

2020年04月29日 | 小説 (プレビュー版含む)

 

ショートショート小説 「少年の孤独」

その茶色の瞳の小柄な少年は、拗ねた表情を浮かべていた。

街角の公園で一人スケートボードを転がせ、ヘッドフォンでお気に入りのアニメソングを聴きながら、彼は孤独を持て余していた。

その街は、人同士の関心の薄い街だった。他人は他人と言わんばかりに大人たちは足早に通り過ぎ、子供たちは自分のテリトリー外の見知らぬ小さなものを、虐めるか無視するか、蔑もうとするばかりだった。

カッ、という音をたてて、スケートボートがアスファルトをこする。この公園は狭く、遊具も少ないが、スケボーを好きなだけ楽しめるところが数少ない利点ではあった。

「・・・吹きすさぶ・・・メロディが・・・思いだして・・・」

ヘッドフォンから音楽が漏れ出している。

自分の価値とはなんだろう。この遊びの意味はなんだろう。いつになればここから抜け出せるのだろう。

「カットバック! ドロップ!」

傾斜のついた壁を利用し、スケートボートを浮かせ、ジャンプを決める。彼がスマートフォンで観たスケボーの大技の再現だ。

「ターン!」

ズドン、と音をたて、彼は壁に叩きつけれるように落下し、尻もちをついた。

「・・・失敗」

膝小僧を擦りむいた少年は、特に動揺する様子もなく、ぱっと傷を手で払った。少しだけ、傷口が痛んだ。

あぁ、神様がいるならどんなに良かっただろう。ここから連れ出し、好きなだけ楽しい事を一緒に出来る仲間がいたらどんなに幸せだっただろう。

傷を見つめて、彼は一瞬、そう思った。身体の痛みではなく、心の痛みに、彼は少しだけ涙を流しそうになった。

「神様、かぁ」

半笑いの表情で空を見上げる。いつもと変わらない曇り空。

「神様、どうか僕に」

「友達を、ください」

一瞬だけ、空に虹が浮かんだ気がした。

ああ虹だ。と少年は思った。そして、背後に人の気配を感じて、振り向いた。

「迎えにきたよ、リンくん」

ずっと昔に出会ったことのある、自分より少し背の高い少女が、そこにいた。

大昔にこの公園で言葉を交わした記憶は確かにあるが、それはもうリンにとっては思い出で、本当の出来事だったかすら定かですらない。

でも、あの時、自分は確かに少女と約束を交わした。すっかり忘れていたけれど。そう、あの時も自分は神様に祈ったのだ。友達を下さいと。

「迎えにきたよ、リン君。さあ、次の世界に行こう」

少女は彼の手を取り、微笑んで頬にキスをした。

リンは小さく頷くと、片手にスケートボードを持ち、もう片方の手で少女の手を、強く、強く握った。

空には虹がかかり、公園の出口には、淡い光がまるで扉のように満ち溢れていた。

 

(あとがき)

 

こちらでは岡本イチです。さて、あとがきとして、このショートショート小説の解説をしていきたいと思います。

この作品に登場する少年リン君は、見出し画像としてアップしたイラストレーターの見崎晴さんのキャラクターデザインに着想を得ています。

自分の中では、リンは10代前半の少年で背は周りの同級生より低いです。髪はイラストの通り。下の服はデニムジーンズ、靴はスニーカーですね。

こうした描写はショートショートのお話では必要ないと思い、あえて省きました。あと、声は声変わり前です。ここは譲れません(笑)

次に、後半で登場する少女ですが、この子は実は深い由来がありまして・・・

実はこの少女は、このブログのトップページに登場する少女フィア本人です。 https://blog.goo.ne.jp/gois6

フィアというキャラクターは、私が約八年前に、初めてイラストを付けてもらったキャラでした。その時の絵師さんとはもう連絡が取れない状況です。

作者の頭の中では、フィアはこの八年間、ネットの情報の海の中をさ迷っていました。いわゆる、ネット空間の漂流というやつです。

何故、彼女がそんな目に合う事になったのかは、私の作品のひとつである 「窓の中、蒼い世界」

https://blog.goo.ne.jp/gois6/e/c95f5326f6b4d0e108777a08fa3c5ccd

のストーリーと繋がりがあります。ざっくり言うと、フィアは小説作中のネットゲームのキャラクターとして生まれた子でした。

作者である私の中で、リン(のイラスト)はフィアと同じようにネット空間に閉じ込められていました。公園は、その閉じたネット空間です。

フィアはかつて、リンと過去に一度だけ、ネット空間で偶然出会っています。その時のお話はとりあえずおいておきますが、リン少年だけでなく

フィアにとっても、その出会いはとても貴重なものでした。

フィアはネット空間をさ迷い続けるうちに、半ばデータ上の天使となっており、現在では閉じたネット空間を開けるための鍵(パスワード)を知る力を獲得しています。これは「窓の中、蒼い世界」では「魔法」と呼ばれた力であり、師匠から学んだことの一つでもあります。

小説のラストの光は、広大なネットの世界であり、そこには新たな出会いが広がっています。レンだけでなく、フィアの物語も、また動き出しています。

ちなみにフィアの外見は、「窓の中、蒼い世界」の時とほぼ変わらず、年齢も同じです。彼女が天使である所以ですね!

という訳であとがきでした。今回のコラボレーションはとっても楽しいので、またこうした内容を展開すると思います!

(了)