人という種が、大地を覆いつくしていた時代があった。
今のように、地表のごく一部に張り付くように生きるのではなく、この星の覇者として陸と空と海を行き交い、全てを手にしていた時代。それはもう、何千年も前の事だ。
ニイナは、星を見つめながら、本当にそんな時代があったのだろうか、と一人考えていた。人が、他の生物に命を脅かされる事も、空から降り注ぐ黒い灰に怯える事もない時代。彼女には、とても想像のつかない情景だった。
今、人は、正常な環境を僅かに残した土地に集落を作り、死に向かう命を継ぎ足すように生き延びていた。ニイナが生まれた頃、既に集落は数百人の単位まで人口を減らし、滅びを待つだけになっていた。他の集落と行き来する手段は既に失われ、消え去った技術を復興させる手立ても存在しなかった。
ニイナは、生まれてからずっと大人達の絶望と共に育ってきた。種の絶滅に立ち会う事になった、最後の世代。それが彼女の唯一の存在意義だった。
「こんなところにいたのか。もう夜だ。灰が降る前に戻らないと」
丘の上に佇むニイナに、遠くから少年がそう呼びかけた。集落で、彼女に一番年の近いウルベだ。背の高い彼の姿は、離れていてもはっきりとわかった。
「でも夜にならないと星は見えないわ」
ニイナはウルベに告げ、不満そうに顔を曇らせた。
「灰の毒で身体を痛めてはどうしようもないだろう」
ウルベはニイナの手を取り、彼女に戻るように促した。
本当はもうすこしここに居て、灰の降る星空を見てみたいのに。そう思いつつも、流石にそれを口に出すことはニイナには出来なかった。ウルベが本気で心配してくれている事がわかっているからだ。
ウルベはいつも優しい。だから、絶望を口に出すことは出来ない。
丘を降り、もう一度振り返り、ニイナは空を見上げた。かつてはこの土地にも、何千何万という人間が溢れ、数え切れないほどの足跡を残し、生きていた。気の遠くなるほどの時間を掛け、少しづつ滅びの道を辿っていった人々。彼らは何を思い、生まれ、死んでいったのだろう。そして、自分たちが最後に生き残った意味は何なのだろう。もはや未来など存在しないと分かっていて、それでも生きる理由はなんなのだろう。
集落の灯を見つめながら、ニイナは心の中で何度も繰り返したその疑問を、また自分自身に問い掛けていた。その答えが決して見つかることがない事を知りながら。
今のように、地表のごく一部に張り付くように生きるのではなく、この星の覇者として陸と空と海を行き交い、全てを手にしていた時代。それはもう、何千年も前の事だ。
ニイナは、星を見つめながら、本当にそんな時代があったのだろうか、と一人考えていた。人が、他の生物に命を脅かされる事も、空から降り注ぐ黒い灰に怯える事もない時代。彼女には、とても想像のつかない情景だった。
今、人は、正常な環境を僅かに残した土地に集落を作り、死に向かう命を継ぎ足すように生き延びていた。ニイナが生まれた頃、既に集落は数百人の単位まで人口を減らし、滅びを待つだけになっていた。他の集落と行き来する手段は既に失われ、消え去った技術を復興させる手立ても存在しなかった。
ニイナは、生まれてからずっと大人達の絶望と共に育ってきた。種の絶滅に立ち会う事になった、最後の世代。それが彼女の唯一の存在意義だった。
「こんなところにいたのか。もう夜だ。灰が降る前に戻らないと」
丘の上に佇むニイナに、遠くから少年がそう呼びかけた。集落で、彼女に一番年の近いウルベだ。背の高い彼の姿は、離れていてもはっきりとわかった。
「でも夜にならないと星は見えないわ」
ニイナはウルベに告げ、不満そうに顔を曇らせた。
「灰の毒で身体を痛めてはどうしようもないだろう」
ウルベはニイナの手を取り、彼女に戻るように促した。
本当はもうすこしここに居て、灰の降る星空を見てみたいのに。そう思いつつも、流石にそれを口に出すことはニイナには出来なかった。ウルベが本気で心配してくれている事がわかっているからだ。
ウルベはいつも優しい。だから、絶望を口に出すことは出来ない。
丘を降り、もう一度振り返り、ニイナは空を見上げた。かつてはこの土地にも、何千何万という人間が溢れ、数え切れないほどの足跡を残し、生きていた。気の遠くなるほどの時間を掛け、少しづつ滅びの道を辿っていった人々。彼らは何を思い、生まれ、死んでいったのだろう。そして、自分たちが最後に生き残った意味は何なのだろう。もはや未来など存在しないと分かっていて、それでも生きる理由はなんなのだろう。
集落の灯を見つめながら、ニイナは心の中で何度も繰り返したその疑問を、また自分自身に問い掛けていた。その答えが決して見つかることがない事を知りながら。