樹木の改良;(パラドックスとローヤル)
果物や花や野菜、あるいは雑草、そのほかいろいろの草にとどまらず、バーバンクは大きな樹木の改良にも、長い間の努力を続けました。 これまで、大きい樹木の改良には、何世代という長い時間がかかるものと考えられていました。樹木の成長は遅いので、ある樹木と樹木の交配を行なって、それによって得た種子を播い
てその樹木を育てたとしても、その結果を見るまでに、その研究者は死んでしまうだろうと誰でも考えます。
しかし、彼は、この考え方が誤っていることを、事実を持って答えました。サンタ・ローザにある彼の家の前に一列に並んでいる樹が、その答えです。その樹は、丈が高く、しかもよく横に広がって、堂々とした姿をしています。この樹は、彼が交配し淘汰を行なって作り出したもので、種を蒔いてから、まだ十二年にもなっていないのです。
彼は、早くから樹木の改良のことを研究し始めていましたが、とりわけクルミの改良には目を付けていました。そして、英国のクルミと、カリフォルニアに普通に見られるクロクルミとを取り上げました。このクルミの樹は、よい木目を持っており、堅くて、非常に質が緻密です。また絹のような光沢があり、磨き上げると素晴らしくなります。一ヵ年の間に、三センチ以上も幹の厚みが増えますが、材木となった場合、その年輪はなかなか面白い味を出します。このクルミ材は、家具の製造や、部屋の内部の仕上げ材料、または装飾的な仕上げをする場合などに、なくてはならない材木です。また燃料としても,火力が強くて、持ちがよく、割りやすいという特徴もあります。
この新しいクルミの樹は、古い種類のクルミが三十年間に成長した分量の六倍を十四年の間に成長したのです。彼はこれに『パラドックス』という名前をつけました。さらに、北部地方の寒さに強いクルミの樹として、カリフォルニア原産のクロクルミと、ニューイングランド地方のクロクルミとを、掛け合わせて、これに<ローヤル>という名前をつけました。この<ローヤル>クルミは、小さい苗木を植えてから十二年目になると、もう素晴らしい成長を遂げ、辺りにあるたいていの樹をぐんぐん追い抜いて高くそびえるのです。
このクルミは果実を、たくさんにつけ、よい匂いを持っています。さらに、その葉は、指先でこするか、つぶすかすると、リンゴのような匂いがします。
このように、バーバンクが驚くような価値を持った樹を新しく作り出した秘訣は、いったい何処にあったのでしょうか。
人間植物の改良
バーバンクは、いろいろの植物が持っている良い特長を取り上げて、これらのよい性質を組み合わせて、理想的な新しい植物を作り出すことを、一生の仕事としました。彼は、世間で言うような学者ではありません。もちろん、普通の園芸家や農業家でもありません。
アメリカで有名なスタンフォード大学の初代総長であり、教育学者のジョルダン博士は、「バーバンクは生まれつきの科学者であるが、まず何よりも最もすぐれた芸術家である」と言っています。
彼は、宇宙には大いなる意志が働いていることを感じ、地上一切の生命はその意思によって生かされているという信念を持っていました。
植物の改良を一生の仕事とした彼には、また一方において、人間を植物と同じように改良しようという夢があったのです。彼は、この問題について、「人間植物の教育」という本を書いています。
人間が自分たちの種族を科学的に繁殖させることを考えるのは、道徳的に正しくないと言う人もありますが、一般の動物や植物に適用される遺伝の法則が、人間にも応用されるのは一面において当然です。人類も徐々に進化を続けて来て、現在に至ったことはまちがいないのです。したがって、彼が新しい植物を作り出す仕事をしているうちに得た知識を、一歩進んで人間の改良に応用することができるのではと考えることは、決して不穏当なことではないのではないでしょうか。
その考え方について、かいつまんでお話しましょう。植物を改良するときに、一番必要な原則は、交配と淘汰ということです。淘汰というのは、前にもお話したように、一番良いものを一つ残して、他のものはすべて捨ててしまうことです。そこで、ある一つの植物の中で、できるだけ良い種類を選びます。次にこれと同じ種類または異なった種類の植物を選んで、その交配の相手とします。そうして、何べんも何べんも繰り返して淘汰を行ないます。
植物の場合、雑草の伸びるに任せておくと、必ず、遅かれ早かれその植物は絶滅してしまいます。どんなによい性質をもった植物でも、雑草が繁茂すればそのためにその植物の成長は妨げられてしまうのです。これは明らかな現実です。
人間の家庭でも、これと同じような淘汰作用が、初めから考えてか、あるいはまた、気づかれもせずに、行なわれているのです。もちろん、人間の世界では、社会の生活が複雑なので、この淘汰作用が、改良された子孫を作り出す、という確かな目的で行なわれるものばかりとは言えません。
実生である子供に、一番必要なものは、新鮮な空気と日光と戸外の生活です。そして次に必要なのは教育です。また、植物の改良と同じように、新しい子孫を生み出ために、是非ともなくてならないのは、優良種の採用です。バーバンクが新しい植物を作り出し、また、古い植物に驚くべき改良を行なって成功した大きな理由は、世界の各国から苦心して集めた、いろいろな植物の良い性質を取り上げたからでした。
昔からの歴史を調べてみても、大きな文化や文明は、いつも、違った人種の特徴が組み合わされて生まれた事がわかります。
しかし、この雑種の交配ということにも、一定の限度が合って、これを越すと、かえって悪い結果となるものもあります。あまり性質の違った植物を交配しようとすると、何の結果も見られないどころか、かえって劣等なものが生ずることもあるのです。
いずれにしろ、違った人種の新しい組み合わせから生ずる結果は、非常に興味あるものです。たとえば、ラテン民族(フランス人やスペイン人)の特徴となっている音楽や絵画や文学などの芸術を好む性質と、アメリカ人の落ち着いて実務的な性質とを混血させたならば、スモモやモモやナシに、バラのよい匂いをつけたような、素晴らしい新しい人種が出来上がるかもしれません。
また、東洋の日本人や中国人と、西洋の人達との、よい性質を適当に組み合わせた場合も、すぐれた結果が得られるかもしれません。
歴史を見渡すと、いろいろの民族が起こったり、また、滅んだりしています。人間も自然の一部であり、これを改良しようとすれば、懸命な淘汰と正しい交配とが、どうしても必要なのではないでしょうか。それがなくては、いくら教育を施しても、人間社会の文明や文化というものは、いつか崩れてしまうことでしょう。
しかし、人為的にこれを実行することはおおいに問題があります。ここに、現在のアメリカに注目してみる必要があります。アメリカは全世界から移民を受け入れ、過去十代以上にわたって絶えず雑婚と淘汰により、文明国として向上発展して来ました。もちろん、その中には異常な者もあり、雑草に等しい者も多くなりつつあるのは事実です。しかし、地球規模の大いなる実験園としてそれが機能しつつあることはまちがいのない事実だと思われます。
おわりに
バーバンクは、新しい植物を作り出す仕事で、アメリカのためばかりでなく、全世界の人々、いや全人類のために、その一生をささげた人です。
彼は一九二六年四月十一日、たくさんの素晴らしい仕事を残して、七七歳でこの世を去りました。その遺骸は彼がこよなく愛した西洋杉の木陰に葬られています。
今後未来永劫にわたって、ルーサー・バーバンクの名は、刺のないサボテンや、シャスター・デージーなどを始め、数多くのすぐれた植物を通して、世界の人々に永く刻まれて行くことでしょう。
(完)
Amazon.comで古本が1万円近い値段を付けていたのですが、ちょっと手が出ません。
ありがたいです。