1883~1955
フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)
モーリス・ド・ヴラマンク(1876-1958)
モーリス・ユトリロ(1883-1955)
フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)
山田らと「白樺第一回展」でゴッホの「向日葵」などを観賞「全身が逆流する感動(山田)」と(1921)
主治医ガッシュの「ゴッホ・コレクション」を見、墓参(1924) アルルを訪ねゴッホの世界を体感(1925) ガッシュ博士の肖像(1890) |
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赤松 麟作(1878-1953)
赤松絵画塾に通う佐伯を指導、そのデッサン能力を磨く(1915)
土佐堀川(1917) |
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モーリス・ド・ヴラマンク(1876-1958)
フォーブ(野獣)派の代表的画家
里見勝蔵とともに訪れた佐伯を「このアカデミズム野郎」と罵る(1924) 後、再訪時「まだナマクラだが、君は優れた色彩家だ」と評価する パイプをくわえた男(1901) |
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中村 彝(つね)(1887-1924)
下落合にアトリエを構え佐伯と直接の面識は無かったが、作品「エロシェンコ氏の像」などで祐三の東京美術学校卒業制作「自画像」に影響を与える〈1923〉
関連:ESSAY 愛と感動の画家「中村 彝の全貌」展 自画像(1909) |
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モーリス・ユトリロ(1883-1955)
「ユトリロに近い作品を描いている、ヴラマンクではない」(山田新一への手紙)
サクレ・クール教会とノルヴァン通り(1921) |
パースペクティブフレームというのは、長方形の枠に縦糸・横糸を張ったモノ。
長方形の中が、例えば縦に10等分・横に10等分・合計で100等分される訳だ。
そしてカンバスも同様に100等分しておけば、正確な比率でモチーフを切り取ることができるという代物なんだな。
…で、どうでも良いことに執着する僕は、パースペクティブフレームの縦糸の数・横糸の数を数えたんだな。
そしてこれまたどうでも良い僕の性格が災いして、メモが行方不明なんだな。
>これからゴッホ展に行かれる方へ
済みませんが、パースペクティブフレームの縦糸の数・横糸の数を数えて教えてください。
画面が何等分だったのか? (縦横のグリッドではありませんよ。放射状です。ほんとにゴッホ展に行ったんですか?)
気になって寝れないという訳ではないのですが、アレなんです。
ゴッホがどのようにして絵を描いていたのか・・・ということは、
作品を見るだけでは判らないから、
そういう意味で「パースペクティブフレームの展示」は、ナイス企画だと思うんだな。
ちなみにNo89「アルルの寝室」やNo92「ある男の肖像」もパースペクティブフレームを使ったのかな?
微妙に(というより誰が見ても明白に)対象物がデフォルメしてあるわけなんだけれど。
蛇足:
デフォルメというか、対象物の歪ませ具合・歪曲の割合を見て、いつも思うんだな。
「こんな絵だったら、僕でも描ける」 ←根拠の無い自信とも言う。
ゴッホ展~こうして私はゴッホになった~の初日に行ってきた
絵画は当時食堂だった部屋の壁面に描かれており、床から2m程の高さから上に描かれている。一点透視図法を用いて部屋の様子が立体的に描かれており、ある位置から見ると、絵画の天井の線と実際の壁と天井との境目がつながり、部屋が壁の奥方向へと広がって見えるよう描かれている。