前2編のコラム「プーチンさんの胸のうち」(1) (2)を書いて読者諸氏からの有言無言のご批判を覚悟した。「よその夫婦関係に口を出すとは何事ぞ」、「夫が妻に不満を感じてよその女に走るのはよくある話。何を今さら書く必要がある。」
ここではそれら無言のご批判や呆れ顔に対していささかの説明を試みたい。
新聞、専門書、ジャーナリストの著作でもプーチン氏に妻以外の女性がいることを書いたものは多々ある。しかし「なぜ」いるのかについてまで書いたものはない。これには徹底したロシア政府関係諸機関による情報統制があり、報道側も当局を恐れて書かない事情が背景にある。(親密な関係が噂される女性と再婚するのか同氏に記者会見の席上で訊ねた新聞社は大統領の凄まじい怒りを買ったことを受け一週間後に廃刊を決定、編集長も更迭した。) また男性政治家にとって愛人がいることは特段珍しいことではないからかもしれない。30年間の結婚生活の中で3人いたといわれるそうした女性のうち、メディアで取り上げられるのは有名人の一人だけある。(ロシアのネット上では違うかもしれない。) そうではあるものの女性関係に限らず、あらゆる分野でこうした問題を深堀りしていくとプーチン氏という人間が見えてくるはずだ。
「妻に不満を感じてよその女に走った」のか「単なる女好き」なのか、それとも「何となくはずみで」「人からの紹介」だったのか。それによって浮かび上がる人物像はずいぶんと異なってくる。他2人とも交際に至った理由、別れた理由、また別れ方はどのようなものなのか。世間を騒がせた「かねてより親密な関係が噂される31歳年下の元オリンピック金メダリスト」は現役引退後に国会議員となり、その後メディア企業の理事となった。自立の道も開いてやり、それなりに面倒見の良い人物であろうことが推測される。単に別れたり生活をさせたりするのであれば金を渡すだけで事足りるはずだ。もっともこれは女性側の意欲及び能力にもよるものではあるけれど。他2人に対してはどうなのだろう。残念ながらそこまでの深堀り情報は見当たらなかった。
少なくとも女性、それも「強い女性」に対して大変なコンプレックスや苦手意識のようなものがあることは発言や行動の数々から確かかと思われる。2006~2007年にドイツのメルケル首相と大統領官邸で会談した時には大の犬嫌いのメルケル氏に対してプーチン氏は飼い犬を同席させ、メルケル氏の匂いを嗅がせるという嫌がらせをしている。会談を有利に運ばせるためというよりほとんど小中学生の男子レベルである。
ヒラリー・クリントン氏に対してはさらに過激だった。2017年FBIのジェイムズ・コミー長官(当時)は下院情報委員会公聴会でプーチン氏が「クリントン氏を激しく嫌うあまりに」大統領選へ露骨な嫌がらせをしたことを証言している。ロシアによるサイバー攻撃がどのようなものであったかについては報道でご存じだろう。トランプ大統領も2017年1月には前年の大統領選挙中に民主党本部のメールサーバーなどがロシアによってハッキングされたことを認めている。なぜそこまでして嫌うのか。
ぎょうてん流の分析は以下の通りだ。(硬派な分析は国際政治学者・専門家各氏の著作をお読み下さい。)
思うに元妻との激烈な主導権争いにより、「強い女性」はプーチン氏にとって「勝てない相手」「手ごわ過ぎる厄介な存在」なのだ。(あくまでも推測である。) それが証拠にロシアが優位に立つウクライナの、初当選したばかりのユリア・ティモシェンコ首相(当時)との会談時にはその美貌についてお世辞までいっている。つまり圧倒的優位な立場にいる時にはお世辞を言える余裕がある。
一方、メルケル氏と並ぶと「貫禄」の観点からプーチン氏は時に見劣りして見えなくもない。メルケル氏に背景音をつけるとしたら太鼓風の「ドドーン」である。もしヒラリー・クリントン氏がアメリカ大統領になり首脳会談で並んでいたらどうなるだろう。元気いっぱいに鮮やかな色のスーツで身を包むクリントン氏はさぞ映えただろう。うっかりすると「プーチンを従えている」ように見えてしまうかもしれない。ロシア国内に向けてはもちろん国外的にもこれはまずい。何よりもヒラリー・クリントン氏にはプーチン氏にない「華」がある。これは元「KGB出身のスパイ=目立ってはいけない存在」には絶対ないものだ。そして-これが最もプーチン氏が恐れているであろうこと-何か下手なことを言えば「何よ!ウラジーミル、いま何か言ったあ!?」と迫力満点に言い返されてしまいそうな恐れがある。甦るトラウマ。だからこそ露骨に忌み嫌い、直接交渉を避けるべくサイバー攻撃をしたのだろう。
そう、プーチン氏にとって「強い女性」は30年間に渡った結婚生活による「悪夢の再来」なのである。(たぶん)
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