はーちゃんの気晴らし日記

気ままに 楽しく 書きくけこっこ!

息子と二人の日曜日

2009年06月15日 | 我が家
昨日の日曜日は、珍しく息子と二人で過ごしました。
主人の学生時代の友達が四国の高松から出てくるという連絡が入り、主人は出かけて行きました。

先週は私の友達が北海道から出てきて新宿で会ったばかりなのですが、一週間違いで、昨日は主人の友達が出てきました。
しかも、主人たちも新宿で会ったとか。
続けば続くものだなぁ。
今は、そういう時期なのかなぁ。

珍しく一人で過ごす休日です。
でも、結局は何をするということもなく一人でテレビを観たり、居眠りしたりして過ごしました。
夕方の散歩のとき、息子がいたので、
「一緒に散歩に行かない?」
と言うと、黙ってついてきました。

勘九郎は、パテラという生まれつき足の関節の噛み合せが浅い身体で、ひどかった左足は、すぐに手術をしたのですが(『パテラの手術』)、もう片方も手術をしたほうが良いと言われていつつも、特に症状が出ていなかったのでそのままにしていました。
それが、最近、手術をしていないもう片方の足の関節が外れるようになってしまったので、散歩もさせることができません。
それでも、勘九郎は一緒に散歩に行きたがるので、主人と一緒のときの散歩は、私が勘九郎をこんな風に抱っこして、散歩しています。



そんな事情があるので、息子は黙って散歩に付き合ってくれました。
特に何を話すわけでもなく、私はクマを連れて、息子は勘九郎は抱いて歩きました。
息子は勘九郎を抱きながら、
「この格好は足が痛むんじゃないか。」
と気にしていましたが、
「大げさな勘九郎だから、痛ければ大騒ぎするだろうし、バタバタ暴れるだろうから、じっと景色を見ているってことは、楽なんだと思うよ。」
と私が言うと、気にする事をやめました。

夕飯は、息子とは、別々に食べました。
主人が早めにお昼を食べて出かけたので、私も一緒に早お昼をしてしまい、お腹が空きすぎて、早目に夕飯を食べました。
お昼を食べたのが遅かった息子は、「まだお腹が空いていない」と言って、私がすっかり食べ終わってのんびりしている頃にやってきて、一人で食事をしました。
テレビを観ている私のそばで、食事をしながら、ああだのこうだのとうるさいうるさい。

<カメラのCMでニコンのキムタクにキャノンのオダギリジョーに対して、ソニーの岡田准一はどう見ても格下なんじゃないかとずっと思っていたけど、よく考えたら、それは世代の問題で、若い人の間では岡田准一はキムタクやオダギリジョーに対しても、引けを取らない存在だというのが分かった。むしろ、キムタクはおっさん的な存在であって、それほどたいした存在ではないのかもしれないと思い始めた。キムタクやオダギリジョーを別格だと感じている自分がすでにおっさん化しているんだと思った。>
そんなどうでも良い話がやっと終わったと思ったら、今度は、
<どうして、ドラゴンボールがあんなに大人気なのかわからない。>
と始まりました。
「あんただって、ドラゴンボールが大好きだったじゃない。映画館まで映画を観に行ったりしたでしょう。」
と私が言うと、
「それは、子供だったからだよ。今ドラゴンボールを見ると、何もストーリーなんてないし、何のテーマもないんだよ。登場人物も筋が通っているものが何もないしさ。」
と息子。
「要は、サンバルカンやゴーオンジャーみたいなもんなんじゃないの。」
と私が言うと、
「そうかなぁ。そうなのかなぁ。うーん、そうかもしれないなぁ。」
ということから、
<ドラゴンボールがあれほど長い連載になったは、作者の意向ではなく出版社の意向で、作者そのものも行き当たりぱったりで、結果、あんな話になってしまった。>
などと、私にはまったく興味のない話を延々と続け、食事が終わると、また自分の部屋へ戻って行きました。

やっと解放された私は、一人でBS朝日の『YOSAKOIソーラン』の生中継を見ました。
こういう番組は主人と一緒では観られません。
踊る人、一人一人の上手さも大事ですが、踊りの構成、振り付け、衣装の大事さを痛感しました。
100人以上の大きなチームの演技はどのチームもすばらしかった。
ファイナルに残ったチームは1つだけ北陸のチームがあっただけで、後は全部北海道のチームばかりで、さすが発祥の地だと思いました。
優勝したチームも2位になったチームもそれぞれの良さがあり、私には甲乙つけがたい気がしました。
一人でYOSAKOIの感動に浸りつつ、日曜の夜は終わりました。

主人の友達のおみやげです。
">
生うどんとお饅頭。
どちらも賞味期限があまりないので、急いで食べなくちゃ。






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