はーちゃんの気晴らし日記

気ままに 楽しく 書きくけこっこ!

指輪の思い出

2008年06月21日 | 回顧録
私が子供の頃のことです。
小学校の低学年だったと思います。

私の家は、当時の常磐線の亀有駅にありました。
そして、同じ常磐線で二つ隣に北千住という駅があり、そこに伯父が住んでいました。
父たちは兄弟で会社を作り、仕事をしていました。
伯父は、営業と製造を兼ね、私の父は、製造一本で母と二人で家庭内工業を営んでいました。

そんな仕事の関係で、父は、毎日のように北千住と亀有を行ったり来たりしていました。
当時は、まだ自動車は一部の人の乗り物で一般の人が普通に持っているものではありませんでした。
なので、交通手段と言えば、電車です。
私の家は亀有駅からすぐそば。駅からも家が見えるくらいの距離ですが、伯父たちの家は、北千住からずいぶん歩きます。
なので、仕事の用事で北千住まで行くとなると半日くらいが、つぶれてしまいます。

当時の経済成長期の頃のことです。
父は製造担当だったので、半日父が家を留守にすることで、生産が間に合わなくなり「今日は夜なべだ」と言って、両親は深夜まで仕事をしていることがよくありました。
そんな時は、私は3歳離れた弟と二人で寝ました。
夜中に目を覚ますと、まだ両親が煌々と電気のついた部屋で仕事をしているのを見て、「早く仕事が終わって、寝られれば良いのに。」と思ったものです。

夏休みか冬休みだったと思います。
お休みで家にいた私は、父から用事を頼まれました。
仕事の品物を北千住の伯父の元へ届けてくれるように言われました。
伯父の家には、いとこたちもいるので、私は喜んで電車に乗って出かけました。
父から頼まれた品物を伯父に渡し、その後はいとこたちと遊びました。

ひとしきり遊んで家に帰る時、伯父が私にお駄賃と言って、千円札を1枚くれました。
当時のお駄賃としては、破格だったと思います。
今の5千円くらい、いやそれ以上の価値があったかもしれません。
私はもらったお金を大事に持って、駅までの道を歩きました。

伯父の家から住宅街を抜けると大通りに出ます。
大通りにはたくさん店が並んでいます。
現在のイトーヨーカドーの前身であるヨーカドーもありました。
そのヨーカドーの前を通ると、お店の前の道路側に人だかりがしています。
「何だろう?」
と思い、人と人の間から覘いてみると小さな台の上に指輪がたくさん並んでいました。
中年の女性が数人、その台を取り囲むようにして見ています。
一人の男性がその女性たちにいろいろ話をしています。
「この指輪は、本物だよ。
今だけ事情があって、特別な値段で売っている。
こんなに安く買えることは二度とない。
買わなきゃ損。」
というような事を矢継ぎ早に言っていました。
見ている人たちは、
「へぇ~安いね。」
「これは良いね。」
「あら、やっぱり本物だわ。」
などと言いながら手にとって見たり、指にはめてみたりしています。
「こんな買い得な指輪は今後絶対ないよ。これを買わないって手はないよ。」
と男性は勧めます。
男性が言った金額は、私が、伯父からもらったお金とぴったり一致していました。

後の方で、人と人の間からその様子を見ていたはずの私は、いつの間にか指輪の台の一番前に立っていました。
緑・紫・赤・黄色など、それぞれの石のついた指輪がキラキラ光っていました。
手にとって見ると、本物のように見えました。
「これは、本物なんだ!
本物の宝石なんだ!
こんな宝石が私が持っているお金で買える!
高価な宝石を買ってあげたら、きっとお母さんは喜ぶだろうな。」
そう思いました。
私は、毎日遅くまで仕事をしている母に指輪をプレゼントしようと思いました。
母のうれしそうな顔が目に浮かびました。

そして、私は緑色の石の入った指輪を買いました。
母には緑が似合うと思いました。
伯父からもらったお金は、そのまま指輪を売っていた男の人に渡りました。

買った途端、何故か変な感覚に襲われました。
母の喜ぶ顔が目に浮かんで、ウキウキしてくるはずなのに、何故か足取りが重くなりました。
駅に向かって歩いている間に、いろいろなことが思い出されました。

「そういえば、私が指輪を手に取って眺めていた頃は、あんなにたくさんいた女性たちが一人もいなくなっていた。
それに、みんなあんなに素敵だの安いだの言っていたのに、誰もその指輪を買う人はいなかった」
などが思い出されました。

そして、私は気づきました。
あそこにいた女性たちは、いわゆる『さくら』と呼ばれる人で、私のように何もわからない人間を騙して、品物を買わせるためにいたのだと!
私は伯父からもらったお金をどぶに捨てたのと同じだったんだ!
電車を下りて家に向かって歩く途中、身体から力が抜けていました。
絶望のどん底に落とされたような感じでした。

家に着き、玄関を開けると、
「お帰り!」
と言って母が出てきました。
母の顔を見たとたん、私は「ワァーッ!」と泣きました。
母はなきじゃくる私に
「どうしたの?何があったの?」
と畳み込むように聞いてきます。
でも、私はただワーワー泣くだけでした。

落ち着いた頃、私はポケットから買った指輪を出して母に事情を説明しました。
母は指輪を見た途端、すぐにおもちゃの指輪だとわかったようです。
「せっかく伯父さんにもらったお金がもったいない!」
と叱られると思ったのですが、母は笑いながら
「ああいう出店はインチキだから、これからは気をつけるようにね。」
と言っただけでした。

叱られなかったので、余計に私の心は痛みました。
母が喜ぶと思い、母のために買ったつもりの指輪がインチキだった。
伯父が好意でくれた大金をそのまま捨ててしまったのと同じ。
それらのことで、自分が情けなかった。
母も私の気持ちを思うと、悲しかったんだろうなと思います。

その後その指輪がどうなったのかわかりませんが、エメラルドの指輪を見かけるとそのときの事を思い田します。


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