庭のzassouたちと仲良しこよし

庭の雑草と花を楽しみながらスローライフ

長かった気がする6月でした

2019-06-30 | 母のこと

エアコンをお掃除して ドライにON

その1週間前には 扇風機を出してON 日中も扇風機を回していました

が、 昨日の土曜日 我が家で日中を過ごすutubohには 
エアコンを入れなくてはいられなかったのでしょうね 職場ではエアコンが入っているんでしょうか

 

 金曜日に 女子会に出かける前に実家で撮ってみました だいぶ昔の今は亡き父の自慢のアジサイです 

この葉っぱ当時は自慢だったらしい記憶です  でも もう だいぶ終わり掛けでした

写真を撮っている間 実は我が妹は母の不具合にかかりつけの医院に診察券を出しに行っていました

テーブルの朝食はもちろん何も手が付けられず 言葉も発せず 診察の為の着替えもお嫁さんにして
もらって  帰宅した妹にトイレの介助もされて やっと受診できました

朝の母の様子になにかストライキでも❓と思いましたが どうしちゃったの?
zassouは yuyuが柿の木の下の石に登っては飛び渡るのに手を貸していたので心と体は別々でした

受診の結果 すぐ200CCの点滴をして、以前通院していた病院に紹介状をもって出かけることになり
【 脱水 】状態であることを知り ・・・・・ えっ 血液も脱水? ドロドロ血?

次の病院でも待つことなく診察していただいて 点滴と検査が始まりました

掛かりつけ医院に一緒に出向いた弟のお嫁さんはすでにどこかに出かけていたので
弟とそのお嫁さんに 入院の用意をしてきてくれるように連絡をして ・・・・・

昨日は とりあえずの入院部屋から移動をして 母は『 きょう 部屋を替わるの 』 と話したり
したので 前日に比べて元気になった と  でも 目を閉じているだけでなく 眠っている
時間が多くて心配でしたが 看護師さんが
ずいぶんしんどかったはずだから 眠ってばかりでも心配しないで と仰ってくださって

ずいぶん我慢しちゃっていたんだなぁ と可哀想になりました

( 色味が寂しい写真ばかりなので 名前を忘れた 我が家の木  を )

そうそう、係りつけの医院で もう少し遅い受診だったら危なかったですよ と妹は言われていたん
ですって zassouはyuyuがいたのでまたまた心と体は別行動 駐車場に居たり医院内で少し涼んだり
その日の天気予報では31度と出ていたので  涼んだ方がyuyuにはいいかなあ❓・? ? でした

夕食の途中から 弟のお嫁さんが来てくれたので 母がzassouに 『 もう 帰りなさい 』で
帰宅しました 

 日曜日 入院3日目のきょうは haijiたちが5人揃ってきてくれたの と嬉しそうに話してくれて 
haijiからの報告では 眠ってばかりで 昼食もメモには5段階の1しか食べられなかったらしい 
と報告はあったのですが 嬉しそうに言ってくれたので 『 良かったね 』 と言っておきました

初日の何が何だか分からなくなっていた件について 母が自分がおかしくなってしまった と
心配しているに違いないと思って 病名きいた? と筆談しました

脱水の件はともかく『 貧血もあったのでそれを検査するんだって 今までも貧血と言われていたけど
どこから来るのか お薬も出ていなかったし 』 と不思議そうに 深刻さもなく話してくれました
よくわからなくなったのは 脱水から血液ドロドロで 頭の回転がうまくいっていなかったのかも
しれないから 心配しないでと伝えておきました 
 

きょうは 我が妹がなかなかやってこないので母は心配していましたが やっと来たかと思たら
電話があり 帰って行きました  顔を見られたから 良いかな 

初日も zassouが幼稚園のお迎えの為に帰ったら 妹にお昼ご飯は食べたの❓と心配してくれたそうで
92才になっても母してる と コンビニ弁当を隅で食べたよ と返事をした妹だったそうです

あしたは もっと元気 回復していますように

『 ビジョビジョーゥ 』

何をしていたのか忘れましたが ・・・ 濡れてしまった服を見せて お着換えーを要求するyuyu

    長く感じた 6 月の意味は・・・・・

zassouのこと 5月の終わりごろから酷いめまいと吐き気に襲われて 
以前のめまいとは 大違い?(大袈裟かな)だったので耳鼻科を受診しました 1週間以上続いて
やっとhaijiのお休みにyuyuを預けての受診でしたが

症状があるときに見せてもらわないと正しく診断できない と言われて・・・・・

それはわかっているけれど 子守もしているし そんなピンポイントで受診できないと申し上げると
『 そんな家庭の事情なんか我々には関係ない 』 といわれ ・・・・・
救急車でやってきてもいいんですか と 言いたかったくらいでした 

【 耳石 】 が動いたことからのめまいだったようで ふうっ 1か月以上 怖い日々でした
じっとしていてはいけません 首を動かしましょう には びっくりの治療法

他に長い 6 月のことは ・・・・・ 思い出せません        

この頃のyuyu オマタを抑えて 右手をzassouに差し出し トイレに誘導します

温かいおむつパンツを自分で外し 便座に乗り ウォシュレットを使って ハイ終了ー
たまに 成功するときがあるらしいです 

  追伸

入院 4日目の 母

  起き上がり 新聞を読む気力が出てきました

点滴の威力に感謝