火の柱3 080-4232-1596

電話 080-4232-1596 メール tanimoto0724@gmail.com

松濤本部前 事件に思うこと

2019-02-27 20:42:03 | 日記

日本人の感覚はこうである

自分の家の前の掃除はする

隣の家の前は 気にはなるが

掃除はしない

気に障りは しないかと 気遣う

そうやって ひそやかに 静かに

息を ひそめて 暮らしている

大きな音も 出さない 隣の人が

迷惑しない だろうか

悪気があって 隣の家の前を 掃除

しないのではない

もし隣の人が 何かあれば すごく

自分のことのように 心配する

これが ほとんどの 日本人だと思う

 

そこへ 持ってきて 松濤本部前の事件

を 考えると 異常に感じるのは 普通の

日本人であるだろう

人の家の前で 大声を出すことが 異常なのである

そして その家の方が 出てきて 大声を出すのは

また 異常である

異常な人と 異常な人の 紛争に見える

 

世間の人は さらさら 関わりたくない

と 思っている

別に批判しているのではない

私は 澤田地平さん 達の 言っていることは

正しいと 思う

私は サンクチュアリであるので 支持したい

また 連合が あのように まともに答えないのも

卑怯であると 思う

しかし これは 私たちの問題で

世間の 人の 問題ではない

 

この辺の 世間の人々の感情の

あり方を 理解しながらの

行動であってほしい

正しい 正しくないを 別にして

普通 日本人は そうはしない

 

我々 サンクチュアリは これから

世間の人たちに 伝道しに行くのである

彼らは 間違いなく 救いを待っている

彼らの心情動向を 知らないと

彼らを 伝道できないと 思う

良くも 悪くも ここは日本である

 

問題は 微妙で 正義は 負けてはならない

しかし 日本人の 感覚を 感じ取らないと

いけない そのように思う

 

軟弱のように見えて 日本人は

武士である いざというときは

いのちを惜しむものではない

しかし 普段は おとなしいのです

英雄は 力持ちで 優しいのです

それが 日本の 英雄です

 


キリスト教徒の 正しい信仰は再臨主を迎えること

2019-02-27 15:54:52 | 日記

フィリピの信徒への手紙

3章20節

しかし 私たちの本国は天にあります

そこから 主イエスキリストが来られるのを

私たちは 待っています

 

パウロは イエスキリストの再臨を

待ち望んでいました

彼こそ 再臨を切に 待ち望んでいました

 

此れこそ キリスト教徒の 正しい信仰姿勢

であります

 

つまり 再臨を願わないキリスト教はあり得ません

ですから 再臨を願わない キリスト教は

キリスト教では ありません

 


讃美歌の 有難さ

2019-02-27 14:21:10 | 日記

歌いつつ歩まん という

讃美歌が ある

私の心に ピッタリ 寄り添ってくださって

何度も 何度も 聞いたものであります

 

主にすがる我に 悩みはなし

十字架の みもとに 荷を おろせば

歌いつつ 歩まん ハレルヤ ハレルヤ

歌いつつ 歩まん この世の 旅路を

 

この歌を 聞くと 神様に包まれて

涙と ともに 酔いしれるのです

 

 

 


三食をいただくように 蕩減を食べる

2019-02-27 10:18:42 | 日記

お父様の み言葉に

先生は いつも蕩減を

考えていた というのがある

子は 父のように 生きるとするならば

子もまた 蕩減の中 生きるのであろう

父を 慕えば その生き方も 慕う

父が 蕩減の中 生きておられたならば

子もまた 蕩減の中 生きていく

蕩減の痛みの中 父の痛みを

少しでも 知るべく 生きようとする

これが 自然の 親子ではないか

だから 自然に 朝 昼 夜

お食事を いただくならば 蕩減も

同じ様に いただくのである