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聖書史上 最も悲しい出来事

2019-03-23 23:14:20 | 日記

それは イエス様の十字架であるのは

そうである

それは 摂理史上の 出来事であり

一方 人として 勝利の 極みにある

しかし このお話は ただ悲しい

士師記 11章

エフタの物語である

イスラエルは アンモン人に 戦争を仕掛けられる

300年前に イスラエルが アンモンに通行を依頼したが

聞き入れずに 戦争になり

イスラエルが 占領した 土地である

非は イスラエルにはない

理不尽にも アンモン人は攻めてきた

エフタは 戦いに臨み 主に誓った

 

もし 勝たせてくださるならば

凱旋した その 日 最初に

我が家から 出てきたものを 生贄に捧げます

 

そして 主は助け エフタは勝利を 手にする

そして イスラエルのミヅパに 帰る

そのとき 彼の家から 最初に 喜びながら

鼓を打ち鳴らしながら 出てきたものがあった

彼の 娘であった 彼にはこの娘しか 子はなかった

彼の 一人娘であった

彼の 嘆きは 激しかった

 

主への誓いは 厳格である

誓い通りにしなければならない

娘は 父に従おうとする

そして 二月の あいだ 野に

友達と自由に行かせてくださいと

願うので 許した

帰ってくると 主への誓い通り

娘を 捧げた

彼女は 男を知ることはなかった

 

野に出て行った娘に 帰ってくるなと 願ったに違いない

しかし 娘は 約束通り 帰ってきた

彼女は 牛や 羊ではない 人であり

純粋な 一人娘であった

それを 燔祭にしたのである

エフタの 嘆きは 心をえぐる

母親のことは 聖書は書いていない

書けなかったのかもしれない

 

 

 

 

 


坂本冬美

2019-03-23 14:28:39 | 日記

お話は 変わりますが

坂本冬美という 演歌の歌手が

おられます

この方の たたずまい いずまいが

大変 いい

どこから来るのか にじみ出てくる

直観 であるのであるが

いい人である

よくしゃべる かたである

私は よく しゃべる人は 良い人と

思ってしまう

こころが 自由でないと 言葉はでてこない

精神が 自由であるのだなー

と思う

気遣いが 優しい

人と すれ違いざまに それが出る

舞台の 上のことである

世の中には こういう人がいるのである

お会いして お話しすることは ないが

たぶん バカ話を 延々とすると思う

楽しい 世間話を するように思う

かってな 想像ですが

世に まれな いい人だと 思うんです

思いやりが 半端ない

あだ名は 豆ちゃん

とにかく 小まめな 人らしい

 

 

 


12の 真珠門

2019-03-23 08:55:20 | 日記

私の周りでは いろいろなことが

起きます

心痛いことも あります

私が 不足で おこることもあります

しかし いつも 私の中では

神様との 交流があります

そして 平安の中に 導かれます

それは 結局 愛するために

私を通して みんなを愛するために

そうされます

 

結局 神様は 皆様を 愛しておられます

御父様を あんなに強くされたのも

神様が 皆様を愛してくださるからです

そして 今度は 皆様を 強くされます

世界を 神様が 愛したいからです

そして 皆様は 世界を愛するようになります

神様は 皆様を 通して 世界を

愛されるのです

皆様たちこそが 12の真珠門なのです

 


常勝 関西

2019-03-21 21:14:58 | 日記

今 この時間も 生死で悩んでいる

人が いるだろうに

手が 届かないから

もどかしくても どうにもならない

誠心誠意と 言う言葉があっても

その 人がいても

伝わらない

解るのは 日本に 800年来の

運勢が 来ていることである

創価学会も もう 崩壊する

池田氏が 

旅立たれたら 一気に 公明党もしぼむ

この 運勢を受け止めるものは

サンクチュアリ以外ない

大阪は 維新が 勝つだろう

大阪は 創価学会の 根城である

もう 力はない 学会には

運勢がない

橋下徹という人は 激しく

勇み足のある人であるが

摂理的な 人ではあると 思う

この 膨大な 運勢をうけとめる器になれるのか

それが 問題である

常勝関西はかつての 池田大作氏の

スローガンであった

今は サンクチュアリのものである

 

 


パウロの心情

2019-03-21 13:38:13 | 日記

パウロという人の気持ちを

考えると 大変 勇気のある人だと思う

イエス様に出会い 目が見えなくなる

すぐに 伝道には出ない

深く 考える時間を 持っている

彼は 典型的な ユダヤ教徒である

ステパノの 殉教の時は 石を投げる人たちの

服を 預かっている いわば 共犯である

クリスチャンを 多く迫害した

幼児割礼を受け 律法を 厳格に守った

例えば 連合の 井口さんが サンクチュアリに

来たとしても にわかに 信じられない

それ以上なのである

 

彼ほど ユダヤ教を 変革した人物はいない

すべてを 信仰的に解釈して

割礼までも 心の 割礼が あればよいとする

食べ物も すべて 食べてよいとする

豚肉を 食べない イスラム教徒に 心で

神様を 抱けば 食べてよいと 言うものである

ものすごい 修正主義である

自分が 一番 抵抗が あったと思う

 

彼ほど 異邦人伝道を

考えた人はいない

ペテロは ユダヤ人伝道の延長上に

異邦人 伝道を考えていたと思う

しかし パウロは 異邦人こそ

祝福されていると 理解している

彼は 伝道が最優先であり

イエス様を 信じるだけで救われるとした

後に キリスト教の 大問題になる

しかし これがなかったら パウロの伝道は

どうなっていただろう