つるべ落としの人生か。

2017-12-24 16:29:21 | 大いに怒りの炎を燃やせ。

加齢という いたずらな 奴


早いものだ。あれから 5年も過ぎた。突然 「肺がん」の宣告を受け あたふたと入院

させられた。全く想像もしなかったことである。

担当の お医者さんが 超高齢者の手術を担当してくださる 加藤先生である。

私の場合は その前に循環器系の検査を受けるべく 循環器科の病棟に入院した。

約 ひとつきかけて 肺手術前の諸検査を終了した。

手術は成功した。「あなたは 幸運な人だった。発見が遅れていれば 生存がむつかしくなっていたところだ」

其れから5年 事もなくすぎた。「もう大丈夫。転移もない。」助かった穂っとした。

暫くして、私は体調に異変が起きつつあることに 気が付いた。

肺癌は癌は何ごともなかったのであるが、長い入院の結果 加齢が打とう進んできている

ことに気が付いた。ことは 脊椎間狭窄症から始まった。

さらに、内臓関係に負担が言ったのだろうか 「潰瘍性大腸炎」と診断され再び入院

である。安倍さんと同じ病気ではないか。しかしね何でこんな年になってから

「それは若い時の 不節性の原因ですよ。」と医者に言われてみると そういうことかと

みとめなければならない。禁煙してから6年くらい経過している。

そのうち 歩行困難になってきた。無理をしてでもと思っていたのが どうにも動けなくなった。

要支援2という介護まで登録することになった。

やがて腰まで前屈してきた。個の5年間 すっかり老人になってしまった。

90歳まで生きたのだから年齢に不服はない。

残りは点にお任せするだけだ。孔子てパソコンいじるのも不自由になってきた。

わしの人生は何だったのだろう。第二次大戦にも参加したものの 命ながらえた。

ジャパンNO1の時代も堪能した。飢餓も体験した。インフレもデフレも体験した。

層だ「預金封鎖」というのもあったね。ひと月120時間超過労働も味わった。それでも過労死

する事は無かった。執念深いのだろうか。しかし、その執念も加齢に痛めつけられている。

今思う。「少年 老いやすく 学なりがたし。」だ。そういう事だったか。