「ファックスだなんて、昭和の話をしてんじゃないよ」という人がいたら、アホである。ましてやそれがICTのプロだったなら、今後の付き合いはやめておいた方がいい。もちろん、きちんとした業務分析の末にそう言っているのであれば問題ないのだが、ただ漠然と「FAX(ファックス、ファクス)は終わった道具・手段」という認識しかないのだとしたら、「パソコンに詳しい近所の兄ちゃん」と知的構造は同じである。
INDEX
- FAXを知らない若者たち
- FAXかメールか
- 高セキュリティな「紙」
- FAXとパソコンの接点
- まとめ
FAXを知らない若者たち
昭和40年生まれの筆者が驚き、そして笑ってしまった一件がある。
職場の事務所で取引先へFAXを送る必要があり、アルバイトの男子学生に送信を頼んだ。
彼はテキパキとMFP(FAX機能もある多機能コピー機・複合機:Multifunction Peripheral)の液晶画面を操作し、送信しているようだった。
ところが、かなりの時間が経っても彼は戻ってこない。どうしたのかなと思っていると、その取引先から電話がかかってきた。
「先ほどから同じFAXが何枚も送られてきています。恐れ入りますが、ご確認いただけませんでしょうか」
どうやら、同じFAX送信が何度も繰り返されてしまっているようだ。
MFPのところへ行ってみると、彼はいまだに困惑した表情でFAX送信の操作を繰り返している。事情を聞いてみたところこれが仰天である。
「さっきから何回も送信してるんですけど、(原稿の紙が)戻ってきてしまうんですよぅ」
どうやら彼は、FAXを送信すると、原稿の紙が手元に残らないものだと思い込んでいたらしい。これは実際にあった話である。
失礼ながら、いったいどういう育ち方をしてきたのかと考え込んでしまった。
そして筆者は、ビル内の廊下の天井付近を這いまわる、時折ゴトンと音を立てるパイプ「気送管(エアシューター)」を思い浮かべたのだった(わかる人だけわかってください)。
まぁこの例は極端であるにしても、FAXは令和のいま、化石のように扱われてしまう存在になりつつある。
しかし、FAX不要論を唱えるICT技術者、あるいはコンサルは、自分がある限られた業務シーンしか想定できていないことに注意しておかなければならない。
FAXかメールか
FAX不要論がもっともらしく聞こえてしまうのは、いまどきの連絡手段が、電子メールやSNSのメッセージ機能、あるいは業務用クラウドシステムの情報共有機能であることが、ほぼ常識となっているからだろう。
環境を整えておくための費用を別にすれば、どちらも個々の通信は無料だし、素早い。それに関係者と簡単に情報共有できる。加えて写真や動画だって一緒にして扱える。それなのに今さらなんでFAXなのか?、ということになるのだろう。
こういった考えの人はおそらく「仕事とは、一定の環境が整ったオフィスやモバイル環境で行われるもの」という固定イメージに支配されている。
しかしそれは、「仕事」の一部分しか見えていない。最終的に現場に帰結するものが「仕事」だという全体観が不足している。いわば世間知らずの状態だ。
管理部門や管理システムがきちんと機能していれば、世の中はうまくいくはずだ、とでもいった単純な世界観の中で生きていることでもある。
急に大げさな話にしてしまったが、つまり「紙」→「データ」→「紙」という流れが基本となるFAX通信は、管理部門よりも現場で有用なのであり、場合によっては必須でさえあるということなのだ。
FAX通信の場合、受信側では基本的に紙で出力される。ということは、これを手にして誰にでもスグ手渡せる(指示できる)ことになる。紙であるから、そこに自由に書き込みをすることもできる。
もちろんパソコンもモバイル端末も整えておく必要はない。ハードウェアやソフトウェアの不具合も、ネット通信の障害も、バッテリー不足も心配することはない。「現場の仕事」は継続できるのである。「BCP」という言葉も思い浮かぶ。
この場合の「現場」とは、生身の人間が動かなければ話が始まらない仕事の現場という意味である。
それは自動車の運転など機械の操作かもしれないし、工事や調理といったものづくり(あるいは破壊・処理)かもしれない。医療・教育・介護といった、人間どうしが向き合う現場かもしれない。もちろんこれは第一次産業に限った話でもない。
電子機器を使ってリクツを捏(こ)ねる仕事や、電子データの成果物が完成すればOKといった仕事とは違う、生身の人間が汗をかいて遂行する、具体的な仕事の現場なのだ。
高セキュリティな「紙」
「先端的なICTは、アナログな手段よりもはるかに高セキュリティである」といった、単純で幼稚な理解をしているICT技術者、コンサルも少なくない。そもそもセキュリティとは、デジタルだとかアナログだとかといった概念を超えているものだ。
「紙に記録された情報はふつう、だれでも読めてしまうし、容易に紛失・盗難・破損によって失われてしまう可能性がある。しかしデジタル機器や関連技術で情報を取り扱っていれば、情報そのものはもちろん、これを取り扱う情報機器や通信手段を、悪意ある者からも善意の者のウッカリミスからも保護することが出来る」
そう考えている人が結構多い。
しかし一枚の紙は、「その物」に(生身の人間が)物理的にアクセスできない限り読み取ることはできない。
「共有が困難」という面は確かにあるが、何でもかんでも共有状態をデフォルト(基本設定)にしてトラブルや混乱を招いている例は、ビジネスパーソンならいくつも体験しているはずだ。
これはテクノロジー以前の、情報の取り扱いの問題なのであり、仕事の致し方の問題だ。(もしかしたらデジタル信奉者は、「取り換え可能な労働者」としての自分を積極的に認めているのかもしれない)。
仕事にもよるが、一瞬のうちに多数の人と共有すべき事柄など、じつはそんなに多くはない。
そもそも情報を「共有させられる」方だって生身の人間である以上、限界がある。さらに加えて、情報発信者が常に的確な情報発信をしているとは、到底思えない(共有の要・不要、タイミング、共有手段、共有範囲、そして言語力や表現力など)。
いくらテクノロジーに詳しい技術者でも、セキュリティ意識が低い場合は、オフィスビルのエレベーターや居酒屋、タクシーの中などで平気で顧客動向などの秘密情報を話す。
昨今は、タクシー運転手も元ICT技術者だったりして、いまでもその業界の人間と飲んでいたり、同じ業界や顧客企業の人物を乗せることもある。確率としては低いけれど、ヒットすれば格好のネタになる。
ちなみにタクシー(特に都市部)の車内の音声と映像は、すべて記録されているということを知っておいて損はないだろう。
アナログでプリミティブ(原始的)な手段を採用した方が、かえって仕事がうまくいく場合は確かにある。そういったところを見極められない技術者は、単なるセールススタッフか、「自分は何でも知っている」と思い込みたい、お子様でしかない。
FAXとパソコンの接点
ところでFAXは、パソコンやスマホなどでも扱うことが出来る。誰かが紙に手書きしたものでも、短時間でデジタル共有することもできるわけで、大げさに言えば、デジタルとアナログの橋渡しが可能だ。
もともとFAXというものは、「紙」→「データ」→「紙」として情報が流れていくものであった。そしてその入口(送信側)では、紙をデータに変換する「スキャナー」が存在し、その出口(受信側)には、データを紙に変換する「プリンター」が存在する。
つまり機器としてのFAXは、スキャナーであり、プリンターであり、電話機であり、さらにはこれらを統御する機能に特化したコンピューターでもある。
ならば、パソコンやスマホで扱えないわけがない。
平成の初期頃からだったか、受信したFAXデータを直ちに紙に出力するのではなく、機器の中にデータとしてため込んでおくことが出来る(あとから選んで紙出力できる)FAX機が登場し始めた。これはFAX機が、アナログとデジタルの橋渡しをする機器だから出来ることだ。
この製品の登場によって、「帰宅したら、部屋中がFAXのロール紙だらけになっていた(大量のFAXを受信していた)」なんてことがなくなっていく。
パソコンやスマホで見ている原稿(たとえばWordやExcelで作った「原稿」)をFAX送信する場合、まずはFAX用のデータに変換するソフトウェアが必要だ。さらにそのデータを電話回線で相手方に送信する機能も要る(電話回線を利用する場合)。
しかしパソコンであれば、そう難しいことではない。基本的には、「送信先にあるFAX機というプリンターで印刷する」という考え方になる。
パソコンでWordやExcelの印刷を行おうとすると、印刷するプリンターを選ぶ部分が表示される。ふつうは特定の1台のプリンターしか使わないだろうから、プリンターを選択するなどということはしていないかもしれない。
しかし、そのパソコンにFAX機能を持つソフトウェアが入っていれば、選択肢として「プリンターとしてのFAXソフト」が選べるはずだ。つまりパソコンにとってみれば、送信先のFAX機も自分につながるプリンターのひとつに他ならない。
Windowsの場合、もともとFAXソフトが付随しているのでこれを使えばよろしい。わざわざ余計な金を使う必要はない。
Windows10の場合、スタートボタン横の検索窓に半角で「fax」と入力するだけで、すぐに「Windows FAXとスキャン」という選択肢が表示される。まさにこれが「パソコン上のFAX機」である。
この機能を活用してFAXを送信すれば、受信側ではかなりキレイに整ったFAXが出力され、歓迎されることは間違いない(具体的な使い方に関しては、ご要望のコメントがあれば機会を見て投稿したい)。
まとめ
やがて高齢者から幼児までのほとんどが、それぞれに適した情報端末を手にして(身に着けて)生活することになるだろう。それでもFAXは、今後も必要な通信手段だ。
ただその利用範囲が狭くなっていくだろうことは否めない。スマートフォンのような情報端末が国民個人のレベルで浸透していく社会においては、FAXという通信手段は厄介な存在にすらなりかねない。
しかし、量産されて比較的入手しやすい情報端末(スマホなど)を操作できない人がいなくなるわけではない。
また先に述べたように、端末画面上の情報表示ではなく、紙の方が「使い勝手がいい」現場もある。
そもそも情報端末を構成する部品や、そこで動作するソフトウェアの(何層にも積み重なっている)基盤技術が使えなくなってしまう場合もあり得る。
直接の関係はないけれど、世界的半導体不足を理由として、JR東日本ほかが発売していた交通系ICカード「Suica」や「PASMO」は、記名式のタイプが昨2023年8月2日から(無記名式はすでに2023年6月8日から)発売中止となっている。以来、本稿執筆時点の2024年4月初旬になっても、未だ販売再開の情報は聞こえてこない(カードではなくスマホアプリとしてのSuica/PASMOの普及を促進させる意図がある、という見方も)。
FAXにまつわる技術は、スキャナーやデジカメ、電気通信、あるいは情報圧縮といった様々な技術を学ぶ人にとっては、格好の教材でもある。いや、難しいことはさておいて、パソコンでFAXを送ってみると、きっと面白い事と思う。
いまいちど、FAXに意識を向けていただければ嬉しいと思う今日この頃である。
【筆者注】
本稿では「電話回線を使用する一般的なFAX通信」を想定して記述しています。昨今では電話回線を使用せず、インターネットを介して通信する「インターネットFAX」も普及し始めています。