日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

蒼い影(36)

2024年07月17日 03時10分54秒 | Weblog

 短い秋も終わりのころ。 スキー場に勤める人達の間で、今冬はエルニューヨの関係で雪が少なく困ったのもだと、冬季の貴重な収入源を心配する声が聞こえてくるが、季節の巡りは確実で、12月中旬になると全国的に寒波が襲来し、4日間連続で降雪をみて、周辺の山々は見事に白銀の世界と化した。

 節子の勤める大学病院でも忘年会の際に、天候次第では正月休みの期間中に、体力増進と親睦を兼ねて、例年通り同好会で飯豊山麓のスキー場に行くことにした。
 その際、今回はバスを借り切るので、可能な限り家族や友人を誘って幅広い交流を図ることを計画しているので、大勢で賑やかに行いたいと案内されてた。

 節子も、雪国の秋田育ちで、学生時代は毎冬同級生達とスキーに興じて出かけていたほどである。
 理恵子も、この地方の子供達同様に小学校入学前からスキーで遊んでおり、技術はともかく滑り慣れたもので、早速、普段から親しい同級生の奈津子と江梨子に連絡して、揃って行くことにした。
 織田君にも連絡したが、入試前の貴重な時間でもあり、それに店の手伝いもあり遠慮すると断られ、健太郎もマーゲン・クレイブスの予後安静中でもあり、体力を考え参加を遠慮したが、二人には機嫌よく参加する様にすすめた。

 当日の朝。 何時になく冷えたが幸い細い雪が舞いスキーには絶好の日和となり、理恵子は母親の真似をして、首や顔に雪焼け防止のクリームを入念に塗り、節子の手編みの白色のセーターに黒色のスラックスを履いて、帽子だけは節子と青と緑とに分けたので、かろうじて区別が付くほどであった。
 理恵子は近頃、なにかと母親である節子の真似をしたがるので、健太郎も娘心とはこんなものかと、今更ながら感心すると共に、血筋の違う親子がこれほどまでに親しく自然に接していることが嬉しく、かつ、養女となってから短い期間にも拘わらず二人の絆の強さが微笑ましく思えた。

 まもなくして、奈津子と江梨子も訪ねてきが、奈津子は赤色のセーターに赤色の、江梨子は紺色のセーターに黄色の、それぞれに毛糸の帽子をかぶっていたので、それを見た健太郎が思わず「まるで交通信号の様だ!」と笑いながら声を出したら、理恵子が「なに 言っているのよ~、偶然かもしれないが安全祈願だし、第一、皆なが個性的で素敵だわ」と口答えしながらも、夫々が帽子を見て笑いあっていた。

 スーキー場に到着すると、青年医師である丸山先生が如何にも上級者らしく
 「此処は本格的に設備されたスキー場ではなく、山間には杉や欅の大木があり雑木も多いし、それに新雪なので表面が柔らかいので、滑降に気をとられて樹木に衝突しない様に注意して下さい。 若し、事故発生のときは、近くにいるリーダーが大声で位置を知らせ、なるべき多くの人達が現場に急行し救護して下さい」
と、一通りの注意をした後、顔見知りのグループ毎に別かれて山の上に向かった。

 理恵子達は、中腹まで上るとキャーキャーと歓声を発しながら、途中で転倒しながらも雪煙を舞い上がらせて競うように下に向かって楽しそうに滑って行った。

 節子は、短い時間滑ったあと、山の中腹あたりの大きな杉の木の傍で一人でたたずみ、子供達の楽しそうに滑降する様子を見ていたが、何時の間にか丸山先生が近ずいて来て
 「もう少し上の杉木立の方に遊びに行きましょう」「ウサギの足跡を訪ねて登るのも面白いですよ」
 「運がよければ、白い野ウサギが見られるかもしれませんよ」
と、親切に誘ってくれたので、一瞬、本能的に誘いの言葉に躊躇いを覚えたが、無理に断る返事も浮かばず、促されるままに、丸山先生の後について登っていった。

 丸山先生は、巧みに木々をよけながら先に進んでは、途中後ろを振り返り節子が追いつくのを待ち、暫く走り廻ったあと
  「疲れたでしょう、少し休みましょう」
と言って、雪を踏みしめたあとスキーをはずし腰をおろしたので、節子も丸山先生から少し間隔をとって腰をおろし
 「先生は、お若く鍛えぬいた逞しい体格をしていらっしゃるだけに、登坂するスキーもお上手ですね」
 「本当に、ウサギが沢山いるようですね。足跡を沢山見ましたわ」
 「こんな素晴らしく静かな自然の中に身を置くのは、学生時代以来で本当に久し振りですわ」
と、丸山先生の優しい心遣いで案内してくれたことにお礼を言った。

 丸山先生は「僕は、学生時代に一人で気晴らしに、よく来たものですよ」と言いながら、節子の傍らに摺り寄ってきて、並んで腰を降ろすと、周囲を気にすることもなく、いきなり太い腕を節子の肩に廻して、優しくなだめる様に
  「山上さん、そう警戒なさってはいけません」
  「私が、どんな人物か色々な機会に嫌なほどお聞きになられていると思いますし、また、貴女が健全な家庭の主婦でおられることも承知致しております」
と言いながら、不意に両腕で力強く節子の上半身を抱え込み、頬をすり寄せてキスをしようとしたので、節子は「先生 いけませんわ」と小声で言って、顔をそむけて彼の両腕から逃れようともがいたが、抱擁する腕力の強さに抵抗も虚しくそれも叶わなかった。
  

 

 

コメント
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