八障連ブログ

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コラム『日々のなかから、、、』(10)

2014年04月04日 | コラム
つい先日、私が日中通っている『第一若駒の家』のOBで、前の所長も務めてくださっていた椛島剛之(かばしま ごうし)さんが自費出版で日々の生活を綴ったエッセイを出されるという事を、夛田さんから回していただいた八障連のメールで知りました。
この通信にもお知らせが入るようなので詳しい説明は割愛しますが、樺島さんも私と同じ先天性の脳性マヒです。同じ障害であっても樺島さんの方が少しだけ重度で、毎日の生活も大変だったはずなのですが、そんな気配は少しも見せず、常に明るく前向きな人だったと記憶しています。
特に後輩の相談に乗ってくれることに関してとても熱心で、子供の頃からなかなか自分の障害を前向きに捉えることが出来ず何かと悲観的だった若き日の私は、樺島さんの言葉にとても救われ、『障害者としてどう生きるべきか』という基礎を学ばせてもらった気がしています。
とても頼りになる先輩でした。
ちなみに同じ時期に在籍していた丸山さんからは、家族や親戚、医者や教師といった回りの目に遠慮して縮こまっていた私に、『オノレの生き方を極めて進むのはオノレ自身である』ということを、数々の武勇伝を通じて学びました。ありのままの自分をあえて人前にさらす、というのも、自分の障害を受け入れる、そして周囲の理解を得るには必要な事です。おかげで心ない人たちからヘンな目で見られても笑って返せる度胸が付きました。
いつしか自分も当時の先輩達と同じくらいの年代になり、非力ながら若い後輩を見守る役に回るにつけて、『先輩方は偉大であった』という感覚が身に染みて来るようになり、当時言われたあれやこれやのお小言も、今頃ようやく腑に落ちて来るようになりました。
今は自分が年長者として後輩達に何を伝え、何を残していけるのか、ぼんやりとながらも、日々考えて過ごしています。
生まれ育った地域で暮らし、地域で過ごすことにこだわった椛島さん。その思いが一定の形を取って世に出ることは、ご本人にとってとても幸せなことなのだろうと思います。その昔、私も本になる前のエッセイを何編か読ませてもらったことがありますが、どの文もとても語り口が優しく、暖かな視点が感じられます。すぐに笑いでお茶を濁す私とはエライ違いです。
文才において遠く及ばぬ私ですが、『けしてオノレ一人の愚痴や恨みは書かない。常に感謝を心がけ、なるべく物事を前向きに捉えて書く。読み手のことを考えて書く』と言う姿勢は、樺島さんの文章を目標にしています。
『いずれ杉浦の文章も書籍に』と言ってくださる方がいますが、今の段階ではとてもとても。
山の上にいる先輩をあんぐり口を開けて見ている気持ちです。
しかし、いずれは…いや、こればっかりは、周囲のご支援あってのこと。
私個人の内なる夢として、大口は叩かずにおきましょう。

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