相対化はとんでもない
デジタル社会が、相対化を招いた訳では無いだろう。
相対化は、取捨選択の上での指針として好まれてきた。
しかし実際には、相対化を目指して生き物は出発した訳ではない。
生き物は、確実な住み分けと共生が成り立って存在し得る。
物質にしても、条件が変わる事で結合すら成り立たない場合もある。
相対化を利用し、状況を数値化して優劣の判断を導く事。
疑問なのが、状況が一変した際に……。
有効性を、どこまで保障出来るのかである。
効率化や最適化と言った、魅力的な計画について……。
何等かの犠牲無しには、成し遂げる事は難しい様に感じる。
万物が、不変で無い理由。
時間が経過する事で、変化が生じる事。
変化の中で、状況を把握しつつ……。
未来を見通す必要性はあり、能力として重宝がられる。
効率化や最適化といった尖鋭化が、動かす局面はあるだろう。
しかしそれ以上に重要なのは、動かせない局面が存在しうる事実である。
システムの運用は、その構築よりも……。
遥かに難しいばかりか、状況によっては書き直しも迫られる。
その延長線には、こんな話がある。
システムの変化へ対応させる為に、A.I.による管理機能を与える構想だ。
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