島原半島で見つけたアレコレです
自衛隊のヘリコプター&装甲車
雲仙普賢岳噴火の際、長期の災害派遣で活躍した自衛隊の功績を後世に伝えようと
市が無償貸与を受け雲仙普賢岳噴火災害消防殉難者慰霊碑前(ガマダスドーム横)に展示したものです
サムライブルー龍馬像
東京国立代々木競技場に建てられた当像は、2010年のサッカーワールドカップで
日本代表選手の活躍を見守ってきました。
島原市へ寄贈され、2010年の10月に島原復興アリーナ敷地内に設置されました。
高さ10メートル、重さ3.5トン
土石流被災家屋保存公園
公園の敷地面積は約6,200平方メートルで、大型テント内に3棟(内1棟移築)、
屋外に8棟、合計11棟の被災家屋を保存展示しています。
公園内のすべての家屋は、平成4年8月8日~14日の土石流により被害にあったもので、
平均約2.8m埋没しています。
大型テントの中 ↓
南蛮大橋
かつてこの地に南蛮船が寄港してしたことから付けられた名前。
島原半島と天草を結ぶ港として重要な役割を果たしている。
イルカウォッチングの船も近くから出ています
両子岩(ふたごいわ)
昔は2個の巨大な岩石が立っていましたが、大正11年の大地震により1個が倒壊したと言われています。
(地元では、元総理大臣「岸 信介」に似ていることから別名「信介岩」とも呼ばれています)
諫早湾干拓堤防道路
(愛称:雲仙多良シーライン)
諫早湾干拓堤防道路ふるさと農道は、長崎県諫早市高来町と雲仙市吾妻町とを結ぶ広域農道。
2007年(平成19年)12月22日午後5時に開通した。
距離:8,515 メートル(うち、堤防部分7,050 メートル)
諫早湾干拓事業で構築した潮受堤防上に道路を建設したもので、
佐賀県鹿島市・太良町方面と国道207号を通り島原半島の雲仙温泉・島原市方面との間を
諫早市中心部を通らずに行き来することができる。
道路の右側部分は、調整池(愛称:いさはや新池)
左側は有明海です
自衛隊のヘリコプター&装甲車
雲仙普賢岳噴火の際、長期の災害派遣で活躍した自衛隊の功績を後世に伝えようと
市が無償貸与を受け雲仙普賢岳噴火災害消防殉難者慰霊碑前(ガマダスドーム横)に展示したものです
サムライブルー龍馬像
東京国立代々木競技場に建てられた当像は、2010年のサッカーワールドカップで
日本代表選手の活躍を見守ってきました。
島原市へ寄贈され、2010年の10月に島原復興アリーナ敷地内に設置されました。
高さ10メートル、重さ3.5トン
土石流被災家屋保存公園
公園の敷地面積は約6,200平方メートルで、大型テント内に3棟(内1棟移築)、
屋外に8棟、合計11棟の被災家屋を保存展示しています。
公園内のすべての家屋は、平成4年8月8日~14日の土石流により被害にあったもので、
平均約2.8m埋没しています。
大型テントの中 ↓
南蛮大橋
かつてこの地に南蛮船が寄港してしたことから付けられた名前。
島原半島と天草を結ぶ港として重要な役割を果たしている。
イルカウォッチングの船も近くから出ています
両子岩(ふたごいわ)
昔は2個の巨大な岩石が立っていましたが、大正11年の大地震により1個が倒壊したと言われています。
(地元では、元総理大臣「岸 信介」に似ていることから別名「信介岩」とも呼ばれています)
諫早湾干拓堤防道路
(愛称:雲仙多良シーライン)
諫早湾干拓堤防道路ふるさと農道は、長崎県諫早市高来町と雲仙市吾妻町とを結ぶ広域農道。
2007年(平成19年)12月22日午後5時に開通した。
距離:8,515 メートル(うち、堤防部分7,050 メートル)
諫早湾干拓事業で構築した潮受堤防上に道路を建設したもので、
佐賀県鹿島市・太良町方面と国道207号を通り島原半島の雲仙温泉・島原市方面との間を
諫早市中心部を通らずに行き来することができる。
道路の右側部分は、調整池(愛称:いさはや新池)
左側は有明海です