今年も芝焼きをやりました。春に新芝が健やかに芽吹くよう、冬終に枯れた芝を焼き払うというちょっと焼畑農業チックな催しで、おいらの住んでいるコミュニティでは立春の恒例行事となっています。
なんだか炎って見てると、人になにやら妖しい高揚感をもたらしますね。世界のほとんどの宗教で、祭壇に篝火が焚かれるのが実感として理解できます。
また、焼いた方が次の世代に強い芝が出てくるというのも不思議です。破壊の他に、再生の象徴として炎が扱われる宗派が多いってのも、きっとそういった経験則から出てるんでしょうね。なんて。
色々不思議なことはありますが、毎年毎年消防署まで行って許可を取り、この行事を粛々と続けているうちのコミュニティも、考えてみれば結構不思議な気がします・・・。
なんだか炎って見てると、人になにやら妖しい高揚感をもたらしますね。世界のほとんどの宗教で、祭壇に篝火が焚かれるのが実感として理解できます。
また、焼いた方が次の世代に強い芝が出てくるというのも不思議です。破壊の他に、再生の象徴として炎が扱われる宗派が多いってのも、きっとそういった経験則から出てるんでしょうね。なんて。
色々不思議なことはありますが、毎年毎年消防署まで行って許可を取り、この行事を粛々と続けているうちのコミュニティも、考えてみれば結構不思議な気がします・・・。