2022年1月
14日(金)曇り
今日も寒い。気温は終日三度から五度程度。
私が中学校の頃だったと思うが、夜中寝ていたら親父の何度も繰り返す辛そうなため息で目が覚めた。
私は二階で寝ていたが一階で親父とお袋の話し声と体の中から何か悪いものを吐き出そうとしているような、大げさに例えれば、傷を負った獣が絶望的な深て長い息をしているようようだった。
子供心でもこれはただ事でないことが起きていることはすぐに理解できた。
何が起きたのか二人に尋ねると、そのころ親父は農業と兼業でタクシーの運転手をしながら生計を立てていたが、今夜酔った客がタクシーを停めようとして道路に飛び出し、親父の運転するタクシーに接触し半年間の免許停止処分となったと言う。
タクシーの運転もその間出来ず、半年後に乗車できるようになったとしても、減点があるので、一回でも違反があると累積され免許停止になるそうだ。
子供の私が話を聞く限り、親父に責任はないように感じたが、大きな力を持つも方の責任が大きくなるということだった。
親父もお袋も、子供は心配しなくていいのだから寝なさいと言う。
お金のことも心配しなくてよいから、これまで通りにしていなさいと言う。
親は子供にお金の事で心配をかけたくなかったのだろう。
私は親父が牢屋に入ってしまうのかなと心配したが、そんな事はないようなので安心した。
その時の両親の気持ちが今では痛いほど分かる。
私が幼稚園か小学校低学年の頃だったと思う。お袋の実家は福江にあるが、安岡にも饅頭屋を営む親戚があった。
もうその店はなくなっているが、今のヤマカ醤油の道を挟んで向かい側辺りではないかと思う。
何回か饅頭へお袋に連れられて行ったことがあり、帰りがけにおいつも饅頭をお土産として包んで持たせてくれた。
ある日お饅頭屋さんに行く前にお袋から「帰るときにお饅頭をくれるから、すぐに手を出すのではなく遠慮をしなさい」と言われた。
私は前回店に行ったときに冷蔵ができるガラスケースの上段に並べられキラキラ輝く瓶に入った飲み物を見ていた。
それ以来ずっと気になっていたが、ある時その飲み物が三ツ矢サイダーという名前でなぜか泡が出る不思議な飲み物であることを知った。
これまで口にしたお菓子にはない魅力的なものを感じた。
泡が出る飲み物で私の知っているのはビールで、親父の膝の上に抱かれて泡を舐めたが苦く、大人はなぜこんな不味いものを、うまそうに飲むのだろうと不思議だった。
サイダーにはビールと同じように、子供が成長し次のステップに進むときに経験しなければならないものであり、弟にはまだ早いけど兄である私には飲む資格があると思った。
今度饅頭屋に行くと聞いた時から、頭の中はサイダーでいっぱいになった。
そしてお袋から饅頭を出されたら少しは遠慮するようにと言われた。
バスで饅頭屋に向かっているときもサイダーとお袋から言われた遠慮という言葉が何回も頭の中でぐるぐると回っていた。
饅頭屋で主人とお袋が何やら話しこんでいるときも、ずっとサイダーを見上げていた。
帰りがけに主人がいつものように饅頭を包んで私の前に出した時に、「えんりょするのでサイダー」と言った。
主人は笑いながらサイダーの栓を抜き、お袋も笑っていたと思う・・。本当はお袋が笑っていたかどうかは覚えていない。
目の前に人生初の栓を抜かれて泡立つ三ツ矢サイダーを両手で持っているのだから。
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