私が初めて書いた本の題名です。
「言葉」という字を習った時、担任の先生がこう言いました。
「言葉という字は漢字で、『言う葉っぱ』と書きます。
きれいな言葉を使えば、きれいな木に見えます。
きたない言葉だったら、きたない木になっちゃうよね」と。
先生は黒板に色チョークを使って「言葉の木」の絵をかきました。
葉っぱの少ない木が、本を読んで根元に栄養がいきわたると、青々とした言葉の葉っぱでおおわれました。
ペラペラとおしゃべりが上手でも、うその葉っぱはすぐに風で飛んでいく。
たくさんの木をえがいた後、先生は「自分の『言葉の木』を大切に育てましょう」と言いました。
この風景が目に焼きついています。
おかげで私は人を見る時、頭の上に言葉の木が生えているように見えるのです。
「やべ」「きもい」「うざい」なんていう言葉の葉しかついていない人の木は、さびしくて、みすぼらしい。
まさか、あなたの「言葉の木」はこんな状態じゃないよね。
辺りを見回してみましょう。
説得力のある人の頭には、よく生いしげった「言葉の木」があるはずです。
がんこな人の頭には、古びた葉っぱばかり。
「あなたは言葉でできている」。
この言葉を思い出し、あなたの今の木の状態を確かめて下さい。
:ひきたよしあき 「机の前に貼る一行」
言葉が葉なら、頭が幹で根が心である。
そうなると、正確には「あなたは言葉と頭と心でできている」となる。
木は生まれたところから動けないが、人は適所に移動できる。
植え替えにはリスクが伴い、適所でなければ大きくはなれない。
忍耐強く頑張ることも大切だが、適所に移動して大きくなる可能性があるなら移動できる能力を使わない手はない。