茨城から発信します

旅が好きです。
見て 聞いた 茨城を紹介します。
昔の写真から旅の思い出を紹介します

茨城から発信します 水戸市植物園の水戸徳川家ラン展

2014-01-20 07:00:00 | 茨城紹介

水戸市植物園で恒例の水戸徳川家ラン展が始まりました。

水戸徳川家第14代当主徳川圀斉氏は洋ランの中でも

「パフィオペディルム」にこだわって育種をされました。 

育種をして生まれた花にはヤミゾ(八溝山)、

カシマナダ(鹿島灘)など茨城県にちなんだ名前があります。

      パフィオペディルム   


特に白い花を愛されたので,最もお気に入りの白い花には,

常陸太田にある真弓山で採れる白い寒水石にちなみ

「マユミ」と名づけています。
       

こうして育種されてきた花々は,

開花期にあわせ展示会で公開しています。

同じ展示館では大根むき保存会の催しも行われていました。


     

寒さが厳しくて鴨たちも動きが鈍くなっています。

次回はベコニアを紹介します。

 


茨城から発信します 千波湖の水鳥達

2014-01-17 07:00:00 | 茨城紹介

常盤神社をお詣りして千波湖へ向かいます。

偕楽橋を渡っていると「スーパーひたち」が通過します。

千波湖へ着くと日が大分傾きました。

白鳥、黒鳥、カモメ、ウミネコ、オオバンなど沢山います。

長閑な千波湖の水鳥達です。

柳の木にカラスが集まりると不気味な気がします。

だんだん増えて10羽を超えました。

カラスと水鳥たちのバトルが始まりました。    

カラスは群れを成すと怖いですね。

カラスが猛禽類を襲うことを「鳥撮り物語」ベルさんの所で知りました。

 


茨城から発信します 常盤神社と偕楽園

2014-01-15 07:00:00 | 茨城紹介

明治の初年、義公(第2代藩主徳川光圀公)

烈公(第9代藩主徳川斉昭公)の徳を慕う人達によって

偕楽園内に祠堂が創立され、

明治6年には勅旨をもって常磐神社の社号を賜っています。

明治7年、当時は偕楽園の中であった現在地に社殿を造営し、

5月12日遷座祭が行われ、この日を例祭と定めています。

明治15年別格官幣社に列格。

昭和20年戦災によって社殿以下すべて焼失。

昭和33年全国の崇敬者からの浄財によって現在の社殿が完成しました。

平成6年には御鎮座120周年の記念事業が行われました。

 

大鳥居から見た千波湖。

 

 

 

西山荘、偕楽園や弘道館には格別に四季折々訪れ景観をブログに掲載しました。

年頭に当たり義公・烈公に感謝を込めてお詣りしました。

【拝礼の仕方】


(1) 拝殿前に進み出て最初軽くおじぎをする。
(2)  お賽銭を入れ、鈴を鳴らす。
(3) 2回深く礼をする。
(4) 2回拍手をする。
(5) 1回深く礼をする。
(6) 最後に軽くおじぎをして退く。

作法に従って行いました。

偕楽園の下を流れる桜川

鷺が餌を探しています。

 


茨城から発信します 涸沼川と那珂川の合流点

2014-01-13 07:00:00 | 茨城紹介

ここは海門橋で大洗町と那珂湊漁港を結ぶ交通の要所です。

橋の上から眺めると左から涸沼川、右から那珂川が合流します。

那珂川は栃木県北部の那須岳山麓から茂木町で東に向かいます。

茨城県を南東に流れてひたちなか市と東茨城郡大洗町の

境界部で太平洋に注ぐ全長150kmの一級の本流です。

那珂川と涸沼川がここで合流して太平洋へ注ぎます。

この上には倭姫命をまつられた神社があります。

数年前にSaas-Feeの風さんと参拝しました。

震災の後で灯篭が倒壊していました。

海門橋を通るとき那珂湊魚市場で食べた旨い寿司を思い出しました。

涸沼おわり。

 

 


 


茨城から発信します 夕暮れ時の涸沼と筑波山

2014-01-10 07:00:00 | 茨城紹介

涸沼は、東茨城台地、鹿島台地に囲まれた周囲約22km、

面積9.35平方km、関東地方で唯一の汽水湖です。

涸沼は、涸沼川・那珂川を経て、約7.5kmで海に注いでいます。

満潮時には川が逆流し、涸沼に海水が流れ込むため、

海水と淡水が混じる汽水湖となります。


 

昔、友人に誘われて小舟に乗って釣りを楽しみました。

海の魚はチヌ、サヨリ、ボラ、カレイ、

川の魚はハゼ、ウナギ、フナなどの種類が良く釣れました。

今は殆ど釣り船は見当たりません。

シジミは今も沢山獲れています。

涸沼は我が家から東南の方で約12Km、大塚池と同じくらいの距離です。

涸沼では白鳥も鴨も見当たりません。

餌を貰えないからででしょう、

鳥達も賢いですね。