今日の一貫

環太平洋連携協定(TPP)大筋合意後の日本の農業の方向

◯環太平洋連携協定(TPP)大筋合意によって農産品の多くの関税が下がることになりました。海外の安い農産物が食べられるというので消費者の歓迎の声がある一方で、海外産との競争にさらされる農家には不安が広がっているようですね。

⇒そうですね。関税をかけている農産物は、現在834あります。その内、395品目の関税が撤廃されるという内容になっています。中には、りんごやぶどう、サクランボなどの果樹、牛タン、ワイン、水産物等が入っています。関税廃止品目の多さに驚いていて、農業者団体(全国農協中央会)会長は「生産現場には不安と怒りが広がっている」という声明を発表しました。

 

これによって世界の様々な農産物が手に入りやすくはなるのですが、関税廃止品目を少々現実的に見てみますとね、たしかにいまだに競争力に欠けるものもありますが、サクランボやブドウは「ブランド化」するなどして競争力のあるものになっていますし、リンゴはいまでは輸出品目になっています。他方、紅ザケなどは、ロシア領海の流し網規制などによって輸入に頼らざるを得なくなっています。競争力のあるものやその可能性のあるもの、さらには国内ではほとんど手に入らないものの関税を撤廃したと言うことですね。

 

◯関税が撤廃される一方で、「コメ」や「牛肉・豚肉」など重要5品目と言われるものは関税を維持することになりました。

⇒そうですね。これらの関税を撤廃すると農業が壊滅すると言われました。そこで関税撤廃の例外を設けてこれらの関税をしっかりと確保したということですね。畜産の関税は下げながら維持するという内容でしたが、コメは㌔341円という関税を1円も下げないという内容でした。

 

⇒ただ、これも現実的に見ますとね、コメなどの内外価格差は縮まっていますし、畜産も国際水準まで規模を拡大するなど競争力をつけているんですね。国内価格は㎏200円に対しアメリカ産米のSBSという価格は170円ほどですので、関税を下げても我が国の農業が壊滅するような状況にはなりませんし、逆に、他の国々も関税を撤廃していますから、農産物の輸出が進む可能性も出ているんですね。実際、我が国の輸出額はこの二年間で約一.三倍に伸びています。コメや和牛の輸出や、果樹のブランド化など、この勢いがさらに加速する可能性があるンだろうと思いますね。

 

◯ということは、大筋合意によって農業が衰退すると言うよりも、むしろ産業化が進む可能性が高いということでしょうか。

⇒そうですね。そうした方向に皆で力を合わせて持って行かなければならないと言うことでしょうね。

 

ただ、交渉では残念な点もあります。今回の大筋合意で残念なのは、コメで最大七万九千㌧弱の「輸入枠」を設定したことです。

 

◯それはどのようなものですか?

⇒「輸入枠」とは、普通の経済活動では入ってこないコメを政府が約束するという管理貿易です。

国内ではコメが余って生産調整までしているのに流通量の一割以上の七七万トンが毎年入っている。それをさらにかさ上げするのだから国内市場が縮小しないわけがない。

どうしてこの様なことになったかと言えば、二〇一三年の国会決議です。TPPに関しては農業団体が大反対し、国会も「関税を撤廃しない」決議をしました。これを遵守するか否かが争点となり、実際にそれに引きづられる交渉になったのですが、ただ、関税を維持するならその代償として輸入枠を設けるのが国際常識となっています。ちなみに国会決議とは、「重要5品目(米、小麦、牛肉・豚肉、乳製品、甘味資源)に関しては、再生産可能となるよう、除外又は再協議の対象とする。10年を超える期間をかけた段階的な関税撤廃も含め認めないこと」というもの。

TPP反対運動が結果として輸入枠になるというのだから皮肉なことです。

 

◯結果として今回の大筋合意は、国会決議を遵守したとみて良いのでしょうか?

⇒私は、全体としては遵守したとみて良いと思います。

重要5品目のタリフライン数は586あります。その内412品目を残し、174品目の関税を撤廃することになりました。実際174の品目を自由化したとしても、農業の再生産にはあまり影響を与えないのですが、国会決議を杓子定規にとらえると遵守したとは言えないといった議論が出てくる可能性があります。5品目の「再生産可能条件は維持した」としても、「協議の除外にした」とも思えないからです。つまり今後の国会での争点は、「再生産可能となる」としたとする見解と「関税撤廃の除外」とするとしたとする見解の争いとなると思われます。

しかしおそらく不毛な議論となるでしょう。

 

◯数々の問題が残りそうですね。関税撤廃や関税引き下げに対し、政府はどのような対策や配慮をするのでしょうか。

⇒即時関税撤廃というのもありますが、交渉では、関税撤廃や引き下げを段階的にするとして時間的猶予を作りました。

合意内容では、コメの輸入枠を目標まで拡大するのを13年後とし、畜産の関税を下げるのを豚肉10年、牛肉16年後としました。さらに交渉の発行は早くても3年後の18年3月頃と言われています。

つまり時間は沢山あるのです。我が国はこの期間を、強い農業を作るために有効に使いたいものです。そこで、安倍政権は、全ての大臣をメンバーとした「TPP総合対策本部」を設けて政府全体で、できる限りの総合的な対策を実施するとしました。

 

◯総合対策の中身が重要ということになりますね。

⇒そういうことです。

農業者の平均年齢は七〇歳に近いんですね。9割近い農家は兼業農家です。これまで政府は彼らを守るために水田農業に膨大な予算をつぎ込み複雑怪奇な補助金体系にしてしまいました。TPPのあるなしにかかわらず改革が求められているんです。

 

今までのように後ろ向きの補助金を積み上げて農家を保護するというのではますます農業は衰退します。やはり、強い農業を如何に作るかといった視点が重要です。

 

芽は出ています。各県に一〇〇㌶を超える稲作経営が出現しています。彼らは、収量の多い品種で、作期幅を広げ、大幅なコストダウンを図るなど、新たなビジネスを展開しています。畜産でも野菜や園芸でも、こうした新たなビジネスが見られるようになりました。

 

こうした先進的経営者は数としては全体の1%にも満たないのですが、我が国の農産物産出額の33%を担っています。上位5%の経営者をとれば、我が国の実に6割を担っています。今後先進的経営者の産出比率はますます高くなるでしょう。海外に打って出る農業は彼らに期待したいと思います。ですから、今後の農業の課題は、農業経営者を如何に増加させるかにあります。

 

政府の農業対策は、輸出力のある付加価値や生産性の高い農業を如何に日本の農村に定着させるかに集中してほしい。「攻めの農政」をさらに力強く進めることが美しい田園風景を作るはずです。

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