米価の話
◯そろそろ新米の便りが聞こえてくる9月になりました。今日はお米の価格、米価についてお話し頂けるとのことです。米価と言っても私たちがスーパーで買う値段ではなく、生産者が手にする価格のことです。生産者が手にする米価は、毎年下がっていると聞きましたが?
―そうですね、基本的には、需要と供給の関係で決まりますが、お米の需要が大幅に減っているのが大きいですね。需要は、この半世紀前の間に約半分に減ってしまいました。(1965年には一人当たり消費量が112キロだったものが2015年には55キロに落ち込んでいます)。他方生産量の方はそれほど減らず、半世紀の間に35%減っただけなのですね(1965年1240万トンから800万トン)。つまり常にコメは過剰傾向に推移していて、そのため米価は毎年のように下落してきました。
◯お米はそんなに食べなくなっているのですか?
主食と言えば、私どもの世代はお米と考えていたものです。いまや金額的には、主食の座をパンに明け渡しています。2010年には、1世帯当たりの年間支出額は、コメが23000円に対し、パンは24000円になっています。この差は年々開いています。麺類などをカウントすれば小麦と比べた米の立場は年々弱いものになっています。
◯稲作農業は割が合わないと農家の方が嘆く声が聞こえてきそうですね。
―そうですね。そこで農協や政府の方々は、これまで様々な手を使って米価を維持しようと努めてきました。まず一つは、生産調整を強化して価格を維持してきました。第二は、関税を高くして外国産のコメを輸入しないようにしてきました。海外産の米が安く大量に入ってくると国産米がさらに安くなってしまうという考えですね。また、同時に、もし米価下落で販売収入が標準的収入を下回った場合に、減収額の9割を補塡するという「収入影響緩和対策」通称ナラシもつくられました。こうした手厚い措置をして生産サイドの米価を維持しようとしてきたのです。ただ、こうした保護政策を続けていると、なかなか需要に沿った生産が出来ないのが我が国の水田農業になってしまいました。価格が需給指標として機能しないために、常に過剰気味の生産になってしまうという状況が続いてきたのです。
◯昨年は米価が大幅に下がったと言って大きな話題になりましたよね。昨年大幅に下がった理由は何だったのでしょうか。
―そうですね。これは残念ながら需要と供給では説明が付かないのです。実はこの5-6年不思議な米価の動きとなっています。例えば、過剰なのに米が高くなる、とか、逆に不足なのに米が安いままといった状況です。たとえば、5年前の2010年は生産量が少ないのに価格は安いままでした。逆に、2年前、3年前の2012年、13年は生産量が多いのに価格が上がりました。そして昨年は生産量は前年より少なくなったのに価格は大幅に下がったのです。
◯つまりこの5-6年、需給動向と関係なく価格が動いたということですか。
―そうなります。米価は、米の売り手の全農と買い手の卸の間できめられます。その価格を「相対価格」といいます。その「相対価格」は、昨年の場合まだ完全に集計されてはいないのですが、およそ60㎏当たり12021円と前年より2千3百円も下がっています。昨年のコメ、2014年産米は確かに減少幅が大きかったと言うことになります。
ところがここにもう一つ不思議なことがあります。その年の米の価格は10月ぐらいからいくらで売れているのかは分かりはじめますが、年間を通じての米価がはっきりするのは1年後の今頃です。米価というのは、まだ田んぼに稲がある8月9月には決まりません。
ところが、米価が下がったとして、昨年大騒ぎになったのは8月・9月と昨年の今頃で、政治家も、政府は何とか上げるべきだと活躍したのは、昨年の9月から10月の予算委員会や農水委員会でした。
◯相対価格がまだ分からないのに、つまり米価が決まってないのに、米価が下がったということになってしまったということでしょうか?
―そうなのです。実は、下がったといっている米価は、米価ではなく、「概算金」といって農協が農家からコメを預かる際に「内金」として支払うものなのです。
「概算金」というのは、農家からコメの販売を依頼された農協が、販売する前に手付金のような形で農家に支払うもので、「仮渡し金」などとも呼ばれています。農協がこの内金をいくら農家に支払うか、というのを、毎年8月から9月にかけて、つまり今頃、金額を決めて農家に提示します。皆はこの概算金が下がったと言って大騒ぎになったわけです。
つまり、コメの概算金は全農の思惑で恣意的に決められるのです。ですから昨年の米価が下がったという騒動は、正確に言えば、米価が「下がった」のではなく、農協が概算金を「下げた」ことによって、農協は下がったと言って大騒ぎし政治家が踊ったわけです。
同時に、2年前、3年前の米価は、農協がこの概算金を恣意的に「上げた」ために、需給動向に関わりなく値上がりしたわけです。しかし、生産量が多いのに価格を上げたことによって何が起きたかと言えば、ますます需要を冷え込ませ、コメは売れないといった状況が生じてしまい、全農の採算性も悪いものになってしまいました。
そこでこれは大変と言うことで、さらに価格を下げて消費を拡大しようとしたのが昨年の概算金下げだったのではないでしょうか。
◯なるほど、実際の米価、つまり相対価格がこの5年不思議な動きをしているのが、全農の「概算金」のせいだというなら、概算金は米価に反映するということですよね。
そうですね、相対価格は、残念ながら概算金に引きづられるのです。というのも、全農は、全流通量600万トンの3分の2、400万トンの流通を握っているわけです。また全農は相対価格の指標価格を卸に提示します。概算金が相対価格、つまり米価に影響しないはずはありません。
ここから見えてくるのは、農協が、生産調整などのカルテルと概算金を通じて価格に影響力を行使しているという構図です。これは、我が国には、需給動向を適確に反映した米価を客観的に示す市場がないと言うことを意味します。そこで農水省は、2014年にこの是正のための委員会(コメの安定取引委員会)を開催し、概算金問題を何とかしようとしましたが、結論は、過去五年間の最高最低価格を除いた三年間の平均で価格を算定せよ、ということで、これも恣意的なものになるのは必定で、市場といった発想からは遠い物になっています。
やはり、農家を保護するにしても、客観的な米価が分かる市場の形成、相場が必要となっていると言うことです。