いっぱいで入れないという経験がこのところよくある。昨年の12月24日のことだ。
家人と昼食時にパスタを食べに行った。
南光台にある「PASTA」。ここは常日頃から混んでいるが、それでもカウンターに空きがあったりで、普通なら予約なしでもどうにか入れる店である。だが、この日は店の都合6台ある駐車常スペースは既に満杯、丁度1台出たところで、運良く留められた。
店に行くと、既に二組立って待っている。前の一組は4人で昼食に来た職場仲間のよう。グループできている人が多いようだ。これは時間がかかると早々にあきらめる。
クリスマスイブで混でるんだ、とかってに思いこみ、とすればどの店も満員かもしれない。とにかく入れればいい、と思い,とあるスタやさんに向かった。
ここも結構おいしいパスタやさんで、値段も客筋も同程度。ただ広さが倍ほどありゆったりした感じになっている。インテリアも今風にしゃれた雰囲気があり、私は時折利用している。
だが、驚いた事に客は一組しかいない。昼時はいつも3―4組はいるというのに、この日に限って一組とは。
怪訝に思ったが、家人は「コーヒーが違う」という。そういわれればセルフで、今飲んでるのはぬるい。客に変な気を遣わせないように自由にどうぞというのがコンセプトのようだ。しかしそれが裏目に出ているのか。店の「気」が行き届いてないようだ。
「PASTA]は、わざわざ小鍋で熱くしてくれる。サラダを食べ終えたら、時間を見てパスタがでてくる。終えたらデザートを聞きに来る。「一人ひとりを気にしてますよ」と行ったメッセージが伝わってくる。適度な店の広さがそれを可能にしているのではないか。
コンセプトの違いといってしまえばそれまでなのだが、ほんのちょっとした気の使い方、大きな違いを生んでいるように思う。自由と気遣い、このバランスは時として難しい。客は自由が良いが気を遣って欲しいのだ。余りうるさいのはもっとダメ。
実際パスタの味や値段はそんなに変わらない。
また、「PASTA]はヨーロッパの街角にある定食屋という感じ。インテリ派はそんなに凝ってない。このごろインテリアに凝る店が多い。おおかたはチェーン店である。しかし、そんなところはソフトが付いてこないケースが多い。注文も空に向かって聞いており客に向かってない。はやる店とはやらない店の違いは、こうしたほんのちょっとの気の使い方にある様な気がする。
ただそうはいっても、理解できない現象にも遭遇する。ラーメン屋の行列だ。
店員は空に向かって話をしてるし、麺はまずい。一番気に入らないのは、うちは「○○だけどそれで良いか?」と自分のやり方の押しつける話し方。こんな店に限って聞き方は全て過去形。
先日も「2時で閉店ですがそれでよろしかったでしょうか?」という。
こちらは、何を聞かれているかわからないのだ。
2時で終わって良いかどうか私が決めた訳じゃない。「よろしかったか」と聞かれてもそれは店のやりかたでしかない。こちらは店のオーナーでも経営コンサルタントでもないのだから。
2時で終わるからそれでも良いかとはどういう事だろうか、早く食べろと言うのか、食べさせないというのか?
食べさせないと言うなら、「申し訳ありませんが2時で終わりですので、またの来店を御願いします」というべき。早く食べろと言うなら時間を言うだけで充分。「2時で閉店しますが、ごゆっくり召し上がり下さい」で充分
「よろしいか、よろしくないかこれから判断するのであって、いいと言った覚えはない」。こんな皮肉を言いたくなる。食べる前に気持ちが悪くなり、さぞかし食べるものもまずいに違いないと思ってしまうのだ。こういうケース、私はいつも、「それでは良くないなー」といって帰ってくる。ただ一言「よくない」といって帰ることもある。
先日、モスバーガーが作ったうどん屋でつけ麺だったが、うどんが重いので麺が入っていた「どんぶり」に汁を入れて食べていた。この麺、実は新作なんだと。確かに「食べにくい」と言う新作だった。20代の男の子が丁寧に「あのー、この麺の食べ方は先ほど教えましたよね、いわれませんでしたか?」だと。入った時からなんやかやうるさいとは思っていたが、すぐに出てきました。
こんな店でも土・日ともなれば、昼から行列ができる店がある。行列店には、確かにうまい店もあるがほとんどはそんなに悪くはないがかといって取り立てて並ぶほどのことはないといった店である。そんな中に明らかにまずい店がある。そんな店でも1年は行列が続くのだ。我が家の近くにある○○という店だ。
こんなケースは600-700円商品では可能なのかもしれないが、千円を超える商品ともなるとそうはいかないのではないか。
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