「可能性がある」と思われるところから、あちこちに発表しているが、思いの他反響が多い。
私は農業業界のことはわりとよく知っている方だと思うが、それでも業界とは一線を画しているのは業界の方々がよく知っている。
最近、その業界の方々の中から、国際化に最もポジティブに反応して連絡してくるのが、農業技術者の業界の方々だ。
もう1年前になるが、オーストラリアとのFTA交渉がどうの、、
といっていた頃、、(今でも重要な懸案になっているが、、)、
農業は、世界を見なければ、、と言った趣旨の講演をしたことがあった。
特に技術の後退を憂えていた。
世界はオランダの技術でイチゴを作るか、日本の技術で作るか、、比較検討していると言ったような事を話したのを覚えている。
国際的に評価を受け、世界を席巻し、売れる農業技術を戦略的に展開することこそがこれからの日本には重要、、。
日本の農業技術は農業の衰退に伴って自閉的になっている。
もっと戦略性を持った農業が日本には必要だ、、といった趣旨だったように思う。
まず我が国の農業技術者集団、農業改良普及の方達が関心を示した。
農業改良普及制度は、国内の、しかも特定の県をエリアとする体制なので、海外に、、と言ってもせんないことだが、、しかし農業技術者としての精神は残っている。
昨今は、農業機械の方々、品種改良の方々、、長年民間で育種をしていた方々、、等々、「農業技術立国日本」と聞いただけで、半信半疑ながら、「もっともだ」と反応してくれる様だ、
ただ、農業技術は農業の拡大があってはじめて生きてくる。
技術上困難な命題にチャレンジしてこその技術立国だろう。
ところが我が国の農業はこうした困難にチャレンジするのを忘れて久しい。
農業の衰退と伴に農業技術も内閉化した。
日本の農業が何故衰退したか?
人材の枯渇や、規模や家族経営といった業態の問題があるが、、
我が国の「農家が希望する市場」が消え失せてしまったことが大きい。
「農家が希望する市場」とは、生産者優位の市場のこと。
消費は、所得水準や物量(代替品目)の多さなど、社会の発展に規定され、生産動向とは独立に推移するのは、大学で習うこと。
供給サイドが何らかの影響を与えたいなら、販売促進やマーケテイングなどに頼るより他ない。
我が国の農業は、こうした大学生レベルの発想を実行に移せなかった。
なぜ対応できなかったかに関してはいろいろある。
それこそが農業問題だ、と諸説紛々。
議論されることは多い。
ただ大事なのは、市場を軽視しすぎたこと、その背景には、官が管理しすぎたこと、、がある。
官の管理を必然化するために、これまでさまざまな、ロジックをもてあそんできた。それが市場を忌避する農業界、、となってしまった
。
「相対」と称する談合?にも似た仕組みでコメの価格が決まる。
豊作になりそうというと、政府が買ってくれないか、とか生産調整強化かも、、とか、、、考えることは市場操作やカルテルばっかりだ。
こうした文化で農業が成長することはない。
事は簡単なのだろう。
「世界を見て自分のお客を捜せ、、」
それだけ。
その延長が日本農業の国際化につながる。
やる前にできなかい、、と決めつけているのが、今の論調。
確かに国内市場開拓もできない人に世界は語れない。
しかし、だからといって世界を視野に入れた農業者が金輪際いないかというと、、そんなことはない。
せめて、そうした人の足を引っ張ることだけは厳に戒めるべきだろう。
現に農業技術者は、世界を向きたがっている。
それが最近わかってきた。
コメ粉やエサ米などの技術は輸出産業となりうる。
本来であれば、農業技術の要諦にあってしかるべきかも、、。
残念で気の毒なことになったが、アフガニスタンの伊藤さん達の様に、技術指導に従事している日本人は多いのだから、我が国の農業技術はもっと洗練し、世界に打って出るべきだ。
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