ハニカム薔薇ノ神殿

西南戦争の現地記者の話他、幕末〜明治維新の歴史漫画を描いてます。歴史、美術史、ゲーム、特撮などの話も。

西南戦争は旧幕府士族VS新政府の戦いと言えるのか?

2024年02月20日 | 文学・歴史・美術および書評
歴史の教科書で習うのを覚えていたとしたら
西南戦争は
秩禄処分で禄(お給料)が無くなった士族をなんとかしようとしての征韓論
貧困からの士族の反乱…かと。

あるいは「るろうに剣心」や「ラストサムライ」から
旧幕府軍であるサムライと、新時代を築こうとする新政府の戦いだと。

実は私は自分で調べる以前はそう思っていたのです。

九州ではずっと「西南の役」と呼んでいました。
官軍の「役」です。

刀を取られてたまるか!みたいな時代錯誤の哀しい暴れ旧士族と、
西洋最新型のスナイドル銃で戦う正義の官軍
果たして本当にそうなのか?
確かに前に神風連の乱がありはしますが
「佐賀の乱」が神風連と同じかというとこれも微妙ではないでしょうか。

最近の研究では薩摩もスナイドル銃、スペンサー銃を(鹵獲しただけですが)
使っていたとあります。
はて、まだ完訳すらできてないフランスの啓蒙思想、ルソーの社会契約論を学んでいる20代の宮崎八郎が「哀しい旧士族」でしょうか?

西南戦争はかなり広範囲の士族が参加しています。
全員が西郷と西郷を慕う士族というわけでもないし
宮崎や大分からも民権派ジャーナリストが加わっています。

おそらく、彼らは土佐の立志社その他の民権家が加わるのを待っていた
けれど、政府軍が軍艦を送り込んで結局は南九州に押し戻して鎮圧した。
立志社と板垣退助は立てなかったのではなく
川路利良が完全にチェックして潰したのでしょう。

そこから新しい憲法ができるまで、民権派が意気消沈してしまう理由に
もしかしたら西南戦争のことがあるのではと思います。
「政府に楯突く者は全て旧幕士族」にまとめられてしまってる気がします。
それは、鹿児島で樺山資紀らが地方議員に圧力をかけて
西南戦争の生き残りを政府側の政党に吸収していった様子を見ればわかると思います。

「禄をもらえなかった士族の不満が噴出」という理由が全てであるとは言いづらく
おそらく、「将来の日本はこうしたが良いという」
維新政府とは別のアイデアを持っていた人らがいた
村田岩熊のように留学して学んだ人も何人もいた。

我々は「ベルサイユのばら」のように
虐げられて貧困に苦しむ格差社会の下層が、特権階級に対して反乱を起こす
ついそれを反乱や革命と思いたがるのですが
日本の武士というのは、そもそもが質素です。
フランス革命とは様相が違っています。

ですので「不満を持った旧幕府士族」VS「新政府」というよりは

「新政府とも旧幕府とも違う新しい方法を探りたい」

という人らをも含んでいたのに消してしまった。
西郷軍は
(主に士族で構成されているからもあるのですが)
一人一人の政治意識は高かったのではないかと思います。


西南戦争に関しては、
情報、当時の庶民、女性など
まだまだいろんな面から研究が進むんではないかと思っています。

ここは本当に、学者さんに期待するところです。


西南戦争時代のジャーナリストを描いていってます。
作品はこちら




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