*ティム・ファース作 マッドネス音楽 G2演出&翻訳 新国立劇場中劇場
人気アーティストのヒット曲を使ったミュージカルが英米でブームになっているそうだ。「トリビュート・ミュージカル」「ジュークボックス・ミュージカル」等と呼ばれ、専門の作詞家や作曲家のオリジナルではない、「既成曲」を使ったミュージカルの上演が日本でも増えてきた。本作はイギリスのバンド、マッドネスの曲で展開する・・・とチラシや新聞記事などを読んでもいまひとつピンと来ないのは、自分が劇団四季の『マンマ・ミーア!』をはじめとする同様の舞台を見ておらず、マッドネスについてもほとんど知識がないせいである。従ってこれまで自分が体験してきたミュージカルと比べて「おお、ここが違う」というはっきりした実感をもつことはなかった。例えば全編松任谷由実の曲を使ったミュージカル、を想像してみればいいのだろうか?
16歳になったジョー・ケイシー(中川晃教)は、恋人のサラ(池田有希子)を誘って立ち入り禁止の建設現場に侵入し、そこで亡くなった父親の亡霊(今井清隆)に導かれて「良いジョー」と「悪いジョー」に分かれる(ここの表現がむずかしい。分裂でもないし多重人格でもないし)。前者は素直に警察につかまり、鑑別所を出て地道に更正の道を歩もうとする。後者は悪友や悪徳業者と出会い、金と権力によって世間を渡っていく。二人のジョーの人生がめまぐるしく交錯しながら物語が展開するところは『セチュアンの善人』のようであるし、二通りの人生を経験したあとに、物語が最初に戻って、よりよき人生を歩み始めることを予感させるところは映画『バック・トゥー・ザ・フューチャー』のようでもある。
不思議な作品だ。ほんのちょっとの選択の違いが、その後の人生を大きく変えてしまうこと、ひとりの人間の中にさまざまな面が隠されていること、自分では予測不可能な人生のようであるが、人間の存在を越えた大きなものに守られ、導かれていることなど、この舞台から伝わってくるメッセージは深い。
マッドネスの音楽は覚えて歌うことは難しいが、気分よく響いてからだに馴染む。カーテンコールで、テーマ曲「Our House」の大合唱になる。「Our House、みんないるのが好き」。開幕直後に歌われたときは意味のわからなかったこの単純な歌詞(訳詞は後藤ひろひと)とメロディが、どんなことを伝えようとしているのかわかる。『Our House』はジョーやサラだけではない、わたしたちひとりひとりの心のよりどころと考えてよいだろう。迷ったとき、傷ついたとき、悲しいときに立ち帰ることができる。誰にでもそんな場所があり、そこで共に過ごす人がいる。そこへ帰ろうよ。
出演者が元気いっぱい、力いっぱい頑張っている様子が実に気持ちがよく、鬱陶しい梅雨空をぶっとばしてくれた。と同時に先日見た帝劇の『ミー&マイガール』のもやもやした気分も。自分がミュージカルに何を求めているかをちゃんと考え直すきっかけになったようである。『Our House』に感謝。
人気アーティストのヒット曲を使ったミュージカルが英米でブームになっているそうだ。「トリビュート・ミュージカル」「ジュークボックス・ミュージカル」等と呼ばれ、専門の作詞家や作曲家のオリジナルではない、「既成曲」を使ったミュージカルの上演が日本でも増えてきた。本作はイギリスのバンド、マッドネスの曲で展開する・・・とチラシや新聞記事などを読んでもいまひとつピンと来ないのは、自分が劇団四季の『マンマ・ミーア!』をはじめとする同様の舞台を見ておらず、マッドネスについてもほとんど知識がないせいである。従ってこれまで自分が体験してきたミュージカルと比べて「おお、ここが違う」というはっきりした実感をもつことはなかった。例えば全編松任谷由実の曲を使ったミュージカル、を想像してみればいいのだろうか?
16歳になったジョー・ケイシー(中川晃教)は、恋人のサラ(池田有希子)を誘って立ち入り禁止の建設現場に侵入し、そこで亡くなった父親の亡霊(今井清隆)に導かれて「良いジョー」と「悪いジョー」に分かれる(ここの表現がむずかしい。分裂でもないし多重人格でもないし)。前者は素直に警察につかまり、鑑別所を出て地道に更正の道を歩もうとする。後者は悪友や悪徳業者と出会い、金と権力によって世間を渡っていく。二人のジョーの人生がめまぐるしく交錯しながら物語が展開するところは『セチュアンの善人』のようであるし、二通りの人生を経験したあとに、物語が最初に戻って、よりよき人生を歩み始めることを予感させるところは映画『バック・トゥー・ザ・フューチャー』のようでもある。
不思議な作品だ。ほんのちょっとの選択の違いが、その後の人生を大きく変えてしまうこと、ひとりの人間の中にさまざまな面が隠されていること、自分では予測不可能な人生のようであるが、人間の存在を越えた大きなものに守られ、導かれていることなど、この舞台から伝わってくるメッセージは深い。
マッドネスの音楽は覚えて歌うことは難しいが、気分よく響いてからだに馴染む。カーテンコールで、テーマ曲「Our House」の大合唱になる。「Our House、みんないるのが好き」。開幕直後に歌われたときは意味のわからなかったこの単純な歌詞(訳詞は後藤ひろひと)とメロディが、どんなことを伝えようとしているのかわかる。『Our House』はジョーやサラだけではない、わたしたちひとりひとりの心のよりどころと考えてよいだろう。迷ったとき、傷ついたとき、悲しいときに立ち帰ることができる。誰にでもそんな場所があり、そこで共に過ごす人がいる。そこへ帰ろうよ。
出演者が元気いっぱい、力いっぱい頑張っている様子が実に気持ちがよく、鬱陶しい梅雨空をぶっとばしてくれた。と同時に先日見た帝劇の『ミー&マイガール』のもやもやした気分も。自分がミュージカルに何を求めているかをちゃんと考え直すきっかけになったようである。『Our House』に感謝。