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因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

椿組2017年春公演『始まりのアンティゴネ』

2017-02-28 | 舞台

*瀬戸山美咲(ミナモザ)作・演出(1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20,21,22 ,2324,25) 公式サイトはこちら 下北沢/ザ・スズナリ 3月5日まで 
 『アンティゴネ』はギリシャ神話に登場する王女であり、ソフォクレスによる悲劇でよく知られている。オイディプス王の娘、ということはその母(同時に祖母)はイオカステ。本人の責任はまったくないにも関わらず、呪われた血、暗い宿命を背負わされた痛ましい存在である(Wikipedia)。

 とある町で食品加工会社を経営する一族。現社長の妻の甥にあたる青年がみずから命を絶った。折しも創業祭という一大イベントを控えており、青年の父、祖父もまた自殺であることから風評被害による会社のイメージダウンを恐れた社長は、甥は心筋梗塞で急死したことにしようと家族、社員に申し伝える。しかし青年の妹はこれを頑なに拒み、自殺であることを公表すべきとゆずらない。海外を放浪していた次男が婚約者を連れて帰国する。異文化に触れたがごとく困惑する婚約者にも、実は重大な秘密があった。刻々と通夜の時間が迫る。家族親族、従業員総勢18名が喧々諤々の論争を繰り広げる1時間50分の物語である。

 今回の新作を、どう名づけるのがふさわしいかと考えたが、ギリシャ悲劇の翻案、古典をベースに現代の様相を反映したもの等々、いずれもぴたりあてはまる形容がなかった。では作者が新作を書いた目的、そこに込めた思いを想像してみると、やはり数千年を経て文明が発達しても、人間の営みやそこで生まれる根源的な苦悩には変わりがないことを示したいのでも、古代の物語を現代によみがえらせてみたいのでもないように思えるのだ。

 自殺した青年がポリュネイケスであり、妹がアンティゴネ、社長がクレオンと、ギリシャ悲劇の登場人物が非常にわかりやすく配されており、ギリシャ悲劇を思い起こしながら観劇するのもおもしろく、しかし知らなくとも十分に楽しめる。
 自殺が悪いことだと迷惑をあらわにする叔母、幼い息子への影響を案ずる若い嫁、財産目当てと陰口を言われても意に介さぬ三度目の妻など、誰の言うことも一理あり、正解はみつからない。次男の婚約者の秘密がこの一家の過去にあまりに合致していて少々不自然な印象すらあり、彼女の告白によって議論の流れが急激に変わるあたりも、あと一息ほしい。また人物のなかでもっとも立ち位置があいまいな次男の、あまりに「置いて行かれた」感にも、「回収してほしい」という観客の願望が頭をもたげるのも確かであるが、本作を受けとめる上での大きな妨げにはならない。

 しかしながら本作から強く感じ取ったのは、人がひとり生まれて死ぬのは只事ではないこと、何のために弔いの儀式があるのかということであった。終始激しく言い争う物語の終わりに、皆が少しずつ亡くなった青年との思い出を語りはじめる場面の優しさ、温かさ、ちょっと笑える雰囲気に救われる。故人との思い出がまったくない次男の婚約者が、はじめて会った人々のバラバラな心をつなぎ留めたのだ。

 224日初日後、主演の佐藤誓が体調不良で休演を余儀なくされ、ドラマターグの中田顕史郎が代役を務めた。中田は瀬戸山美咲はじめ多くの劇作家のドラマターグを担っているが、俳優であることが今回ほど活かされた公演はないのではないか。ネット上の感想を見ると、危なげな実に堂々たるものであったとのこと。筆者観劇予定日の夕刻、佐藤誓の復帰が発表された。開演前に椿組座長の外波山文明が、佐藤復帰の旨を客席に告げ、カーテンコールにおいても、「お客さまには関係ないことですが」と前置きして恐縮しながら、復帰した佐藤をねぎらった。関係ないどころか、復帰の舞台に立ち合えた自分は何と幸運であろうか。当日リーフレット掲載の挨拶文において、今回はじめて椿組とタッグを組んだ作・演出の瀬戸山は、「椿組の劇団力に驚いている」と記す。その劇団力を、自分は客席から感じ取った。はじめての劇作家の作品を取り上げるのは、劇団にとっても大変な冒険であると想像する。しかも初日開けていきなり主演俳優が倒れた。想定外のアクシデントだ。俳優の顔ぶれを見ると、若手、中堅、ベテランと幅広く、客演も含めると個性が強烈で、手ごわそうな面々である。意見が衝突し、紛糾することもあったかもしれない。しかし「いい芝居を作りたい」という熱意における結束力こそが椿組の「劇団力」ではなかろうか。
 ギリシャ悲劇の古典を丁寧に踏まえ、これほど大人数の登場人物の一人として捨て役がない。椿組の劇団力に、瀬戸山美咲の「劇作力」「演出力」がみごとに融合した舞台である。
カーテンコールに整列した俳優諸氏の晴れ晴れとした表情をみながら、こちらまで幸福な気持ちになった。祝福を贈りたい。

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