
更新は 私が「元気で自遊人」している写真記録の便りです
行雲流水
函館中華会館⑨夜の函ぶら探訪・中尾仁彦案内人
函館市・箱館歴史散歩の会・主宰 中尾仁彦さん案内の「西部地区ライトアップ建造物巡り」
中尾案内人は80歳を超えてますが健脚です
中尾案内人の熱烈ファンが多く 毎回欠席者は指折り数えるだけです
札幌など遠くから駆けつけるファンもいます
惹きつける魅力は「豊富な知識と情報量」と「話術」
中尾案内人も簡単に休むわけにいかず 体調管理を人一倍気遣う日暮らしをされていると思います
中尾案内人の探訪主旨
函館山からの夜景は 香港 ナポリとともに「世界三大夜景」のひとつとされています 函館山からの夜景の素晴らしさは必見ですが 麓の西部地区の元町教会群や函館ベイエリアのライトアップされた歴史的建造物のナイトウォッチングも昼間とは違った幻想的な魅力にあふれ もう一つの函館の顔をのぞかせます やさしく照らし出される「灯」に誘われてロマンチックな風景を間近に見る散策に出かけて見ませんか
コロナ前は130人を超えた参加者でしたが 今は30~40人ほどに制限しての気遣い案内です
連載 第206回西部地区ライトアップ建造物巡り
連載⑨ 函館中華会館
函館中華会館は、明治 40 (1907)年の大火で、それまで在函中国人の会所だった三江公所が焼失し、明治 43 年にこの建物が新築されました。
一般に中国人社会では、最初に同郷者や同職者の団体ができ、その後、 それらを統括するものとして中華会館(会館の語は組織の名称としても使用される)が誕生します。函館の場合は、横浜や神戸と比べ中国人の絶対数が少ないという事情がありますが、まず明治 13 年に同徳堂という団体が生まれ、現在の中華会館の場所に英国商人ブラキストンが建てた洋館を借りて拠点とします。当初の記録では、メンバー 21 人のうち12名が浙江 省出身者で、職業は1名を除く全員が海産商でした。
それがやがて三江公所に名前を変えます。三江とは浙江省、江蘇省、江西省の3つを指す言葉で、そのころには函館の中国人商人は三江系のみとなり、広東省や福建省の出身者はいなくなっていました。
そして明治 40 年の大火で、同徳堂以来使用されてきたブラキストンの洋館が焼けたことを機に、函館中華会館が建設される運びとなりました。

純中国風の建築としては日本で唯一の中華会館建設にあたっては大工8名、彫刻師2名、漆職人5人が中国から呼び寄せられ、瓦やレンガ、柱など大きくて重たい資材を除いては、什器、装飾品に至るまですべて中国から取り寄せられました。清朝の伝統に従い釘は1本も使用されず、内部の造作や祭具、椅子、テーブル、花瓶、壺、掛け軸、食器などは清朝工芸の粋を集めたものです。
建設には約3年が費やされ、明治43 年12 月にこの建物が完成します。 義に厚い武将として神格化され、また全世界の華僑から商売の神様とされる関羽を祀る関帝廟式の建物であり、神戸、横浜の中華会館が焼失しているため、当時の中国の建築様式を伝える日本で唯一のものとなっています。残念ながら、かつて行われていた一般公開は中止されていますが、外観だけでも一見の価値があります。


総工費は約2万円で、中国への輸出高に応じて各商人が拠出し積み立てたお金があてられました。規模を考えると、同じ大火後の建築である旧函館区公会堂(建物の工費5万円、備品なども含めた総工費7万2千円)に負けず劣らずの金額と言えます。他都市で商売をする中国人や、一部日本人からも寄付を募ったという説もありますが、当時の函館の中国人商人が経済力を蓄えてきたことのあかしでもあります。

幕末の開港以来、函館の貿易の主力を担ってきたのは中国向けの海産物の輸出でした。年により変動はありますが、開港直後の一時期を見ると、昆布、スルメ、魚油、煎海鼠、干鮑などが箱館の全輸出額の7割以上を占め、多いときは9割を超えていました。中国との通商条約がない時代に、それらは名目上イギリスによる輸出でしたが、実際は中国人商人がイギリス人の名義を借りて、主体的に商売を動かしていました。明治4年に日清修好条規が結ばれ、中国との正式な通商が開かれますが、以後も中国人商人はイギリス名義での商売を好みました。日本とイギリスとの条約は、いわゆる不平等条約であったため、その方が関税面や係争が起こった際にも有利だったからです。
輸出海産物の中でとくに有力だったのが昆布でした。明治 20 年代の前半を見ると輸出総額の7、8割が中国向けの昆布であり、その後、多少比率は低下するものの、中国向け昆布が輸出の半分以上を占めるという状態が続きます。長い鎖国状態から抜け出たばかりで、貿易にまだまだ不慣れな函館商人に比べ、商取引のテクニックは中国人商人が上手だったため、昆布取引の主導権は中国人商人に握られていました。

私は以前一般公開をされていた時 館内を見学しました
写真も撮りましたが 探し出す時間がありませんでした
見つかった時 紹介したいと思っています
