6月27日の米大統領選討論会は、バイデン大統領の歴史的な「自滅」という結果に終わった。民主党内ではバイデン氏の立候補取り下げを画策する動きも出ているが、現状ではトランプ氏の優勢がはっきりしてきた。敏感に反応したのは米市場で、1日のNY市場で米長期金利は前日の4.3%台から一時、4.48%に上昇。ドル/円は一時、38年ぶりのドル高・円安水準となる161.72円まで上昇した。
なぜ、米長期金利が上昇するかといえば、トランプ氏が標榜している様々な政策が米物価上昇の加速や財政赤字の膨張につながることにマーケットが懸念を示しているからだ。これを日本から見れば、トランプ発のドル高圧力の高まりを受けて、円安が止まらなくなるリスクが顕在化してきたということだろう。政府・日銀にとって対応の困難な状況になってきた。
<「もしトラ」から「ほんトラ」へ>
27日の米大統領選討論会は、NYタイムズがバイデン氏に大統領選からの撤退を促す社説を掲載するほどの打撃をバイデン氏と民主党サイドに与えた。このまま11月の大統領選に突入すれば、トランプ氏の圧勝となるのはだれの目にも明らかになった。
ただ、民主党がバイデン氏の「降板」と勝てる候補の指名を電撃的に推し進めれば、再び、接戦に持ち込めるかもしれない。だが、その前途にはいくつものハードルが待ち構えており、現時点でのトランプ優勢は動かしがたい現実となってきた。
こういう時のマーケットは反応が早い。「もしトラ」から現実味が増し、本当にトランプ大統領になるのかという「ほんトラ」をにらんで、具体的な政策の織り込みを始めた。
<米長期金利を押し上げる4つの要因>
1つ目は、2025年末に期限を迎える「トランプ減税」の延長ないし拡充だ。米連邦法人税率を35%から21%に、個人所得税の最高税率を39.6%から37%に引き下げた「トランプ減税」について、トランプ陣営は減税の延長もしくは拡充を打ち出している。
しかし、米議会予算局は5月8日、延長した場合に財政赤字が今後10年間に4.6兆ドル近く拡大するとの試算を公表している。
2つ目は、トランプ氏がかねてから強調している移民政策の厳格化だ。メキシコ国境における移民の流入を厳しく制限し、大規模な強制送還を実施すると表明している。不法移民の流入は米国内で社会問題化してきたが、賃金の上昇率を緩和し、サービス価格の上昇を和らげる効果もあったとみられる。つまり、物価上昇率を再加速させる要因として注目を集める可能性がある。
3つ目は、輸入品への高関税の課税実施だ。全ての中国製品に対し60%超の関税、その他全ての国からの製品に一律10%の関税を課す考えをトランプ氏は表明している。この政策も物価押し上げの大きな要因となる。
4つ目は、物価上昇圧力を高める政策を推し進めながら、米連邦準備理事会(FRB)には金融緩和を求める政策的な志向があることだ。トランプ氏は大統領1期目に利下げをFRBに求める発言を繰り返し、政治的圧力を中央銀行にかけるということに対し、全くためらいを見せなかった。
以上のように、トランプ氏の政策は米消費者物価指数(CPI)を押し上げる要因が目白押しであるばかりでなく、財政赤字も膨張させる政策が目玉となっており、米長期金利の上昇が加速する可能性を高めている。そこに「利下げ要請」の発言が加われば、米長期金利の上昇テンポが加速することになるだろう。
<日本側に打つ手なし>
これを日本側からみれば、夏の暑さが増してくる7月中旬から8月以降、米長期金利の上昇ードル高・円安圧力の増大 という展開が迫ってくることになる。
日本政府当局の「過度の変動には適切に対応する」との口先介入も、ドル高・円安の根本原因がトランプ氏の政策にあると市場が認識すれば、次第に効果が薄れてくるだろう。そのような市場心理の下で仮に政府・日銀が大規模介入を実施しても「格好のドル買い・円売りの場を提供することになりかねない」(国内銀関係者)との見方が広がれば、逆効果になるリスクも抱えていると言える。
この状況では、政府・日銀が口先介入で時間を稼ぎ、米大統領選を含めた米国サイドの情勢変化を待つしかないのではないか。米民主党による「ウルトラC」級の対応を待っているのは、NYタイムズに代表されるグループだけでなく、円安進展を懸念している日本の政権幹部の面々かもしれない。