7月13日に発生したトランプ前米大統領の銃撃事件は、米国内だけでなく世界中に大きな衝撃を与えた。波紋は様々な分野に波及しているが、AP通信のエバン・ブッチ氏が撮影した銃撃直後の拳を突き上げるトランプ氏の写真に代表されるように、米国内では「力強いリーダー」というトランプ氏のイメージが前面に立ち、11月の米大統領選で優位に立ったの見方が広がった。
この見方を裏付けるように15日のNY市場では、ダウ平均株価が0.52%高の4万0211.72ドルに上昇。米長期金利は前営業日の4.18%から4.23%に利回りを切り上げた。このままトランプ氏優位の選挙戦が展開されれば、11月5日の投開票日を待たず、夏場の段階から米株高・米長期金利上昇という「トランプ相場」が市場を席けんする可能性が高まるだろう。
ただ、その先にインフレ懸念が現実化すると、トランプ氏をめぐる内外情勢は一変するかもしれない。トランプ氏が大統領に再選された場合、最大の脅威はインフレになる可能性がある。
<米株高と長期金利上昇>
15日の米株式市場では、米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長がインフレの2%目標への回帰に向け「さらなる進展」が見られたと述べて9月利下げへの思惑が一段と高まり、トランプ相場への期待感と相まってダウだけでなくナスダック総合も0.4%上げて取引を終えた。
株式市場以上にトランプ相場を意識したのは米債市場で、10年債だけでなく30年債も前日に4.440%から4.459%に利回りが上昇した。トランプ氏の政策は、1)トランプ減税の恒久化、2)輸入品への高率関税、3)移民管理政策の強化──と財政赤字の拡大や物価・人件費の上昇を招きやすい政策が並び、米国債のリスクプレミアムを押し上げる要因が多いとマーケットが判断しているためだ。
トランプ相場の第1段階では、トランプ氏の大統領再選の現実味が増してきたことをはやして、米株高と米長期金利の上昇が並立する現象が続くだろう。特にFRBの9月利下げへの期待感が株高の背中を押す展開となると予想する。
<25年に待ち受けるインフレリスクの再燃>
だが、どこかの段階で米長期金利の上昇が米株高の頭を押さえる展開になるのではないか。住宅ローン金利の上昇による住宅建設への下押し圧力や、借入金利の上昇による一部企業の財務悪化などが「米景気の足を引っ張る」との指摘を受け、米株式市場に重苦しいムードが漂い始める局面が、年内のどこかで到来するのではないか。これがトランプ相場の第2段階と言える。
もし、トランプ氏が大統領選に当選した場合、来年1月の大統領就任式後に待ち受けているのは「インフレ懸念」だと筆者は指摘したい。
すでに説明したように、トランプ氏の政策は物価を押し上げる要因にこと欠かない。中でも違法移民と認定した人々の強制送還は、サービス業などでの人手不足を再燃させ、対中関税などの関税の大幅な引き上げは輸入物価の大幅な上昇を招くだろう。モノとサービスの両面で米国の消費者物価指数(CPI)は大幅な上昇圧力を受けかねない。
足元におけるバイデン政権の支持率伸び悩みは、インフレ上昇による「生活苦」に対する不満が背景にあったとみられている。トランプ氏は同じインフレへの不満を政権再発足直後に抱えることになりかねない。
さらに厄介なのは、トランプ氏が金融政策の引き締めに常に反対してきた経緯があり、インフレ再燃のリスクが高まってきた際に、FRBへの圧力を強めて「利上げに反対」の声を上げかねない点だ。これはマーケットが敏感に反応しかねないポイントで、米長期金利の上昇に弾みがつくだろう。これが第3段階だ。
何より問題なのは、インフレ顕在化の際に「金融引き締め」を否定すれば、消火が不能な火事になりかねないことだ。仮にそこまで問題が顕在化すれば、トランプ相場で上げてきた米株式は、一気に下げ相場へと転換するだろう。
<年明けに米インフレ再加速なら、日本経済に逆風も>
トランプ相場の日本への影響がどうなるのか──。第1段階では、日本株もつれ高して国内景気にも明るい兆しと受け止められるだろう。日銀が利上げ戦略を構想しているなら、かなり強い追い風になると予想する。
しかし、第2段階から雲行きが怪しくなり、第3段階に入った場合は日本経済への逆風がかなり意識される展開になるのではないか。
トランプ大統領が再登場した場合、輝くような「光」の面と暗い「影」の面のコントラストの強さに注意しないと、想定外の損失を負いかねないリスクが存在している。