財務省の神田真人財務官が主催した有識者懇談会が2日に公表した報告書は、エッジの効いた指摘が数多く盛り込まれ、日本経済の「病巣」を端的にえぐり出している。為替介入を指揮した神田財務官の本音が、そこに見えると筆者は感じた。
円安体質は介入では治癒できず、これまで放置されてきた低迷する対内直接投資に対する抜本的な政策対応が必要であり、現状のままで時間が経過すれば、日本国債は格下げに直面するという厳しい認識があると言える。
<日本経済の弱点、ズバリ指摘>
霞が関の官僚が作成する報告書は、通常、総花的な構成で何が目玉かあえてはっきり表現しないことが特徴になっていることが多い。筆者が毎日新聞経済部に在籍していたころ、何を見出しにしてよいか迷ってしまう報告書に何度も遭遇した。
だが、今回の「国際収支から見た日本経済の課題と処方箋」懇談会がまとめた報告書は、日本の政策当局者があえて避けてきた日本経済の弱点がはっきりと列挙され、さらに最悪のケースでは日本国債の格下げが現実味を帯びると描き出した。ある意味で画期的な構成となっている。
<貿易赤字とデジタル赤字の現実>
まず、冒頭で、2023 年末の対外純資産残高は過去最大の471 兆円に達し、33年連続で世界最大の純資産国となっているが、決して楽観できる内容とは言えない、という問題提起で始まる。
国際収支の内訳をみると、貿易収支は赤字基調となり、その背景に自動車以外の産業の国際競争力低下があると分析し、自動車産業がこの先、電動化やIT化で後れを取ると、さらに赤字が増えることになると警鐘を鳴らした。
また、輸出拠点の国外シフトや円安でも輸出数量が伸びない構造変化にも言及。貿易収支の赤字構造が抜き差しならぬ事態に直面していることを正面から受け止める分析内容となっている。
サービス収支では、いわゆる「デジタル赤字」の現状にも言及し「クラウドや検索サイト、オンライン会議等のプラットフォームのほとんどを外国企業が提供している」と指摘。「日本の企業や教育現場におけるデジタル化の進展に伴い、当面はデジタル赤字が一段と拡大する」との見通しを提示した。
<細る対内直接投資という病巣>
続いて、第1次所得収支の黒字について分析し、「国境の外側」での投資を優先する日本企業の行動が、直接投資収益の著しい増加となって表れていると分析。対照的に「国境の内側」では、設備投資が長らく停滞し、 2000年から2022年にかけて、民間企業設備ストックの残高は約 18%、年平均ではわずか0.8%しか伸びていない ことに着目した。
その結果、対内直接投資残高の対国内総生産(GDP) 比は、経済協力開発機構(OECD) 加盟国中で最下位となり、国連貿易開発会議(UNCTAD)の統計で198 カ国・地域中196 位と著しく低い水準にあることをデータを提示することで明示した。
政府が6月21日にまとめた骨太の方針では、この対内直接投資が危機的状況になっていることへの認識が欠如していたと筆者は考える。この点を指摘した今回の報告書は円安の大きな要因が、ここに隠されていると強調しているように映る。
さらに新NISA(小額投資非課税制度)のスタートにより、個人の海外への資金流出額が今年1-4月だけで4.1兆円と昨年1年間の3.5兆円をすでに上回っている現象にも触れ、これまで円資産を選好してきた日本人の投資家のホームバイアスが弱くなっている可能性にも言及している。
<打開策なければ、将来の格下げに現実味>
このように、円安を招く要因が数多くあることを指摘したうえで、1)日本国債の海外勢の保有比率の上昇、2)日銀による国債購入の縮小が見込まれる──とし、長期金利が上がりやすくなる環境になると指摘している。
上記で指摘した対内直接投資の先細りは、今は4年連続で過去最高を記録している国内における税収の頭打ちを招き、債務の膨張を抑制できない場合は、日本国債の格下げの可能性が出てくることになる。報告書では「財政危機に直面した他国の事例を見ると、いったん格下げが始まると動きが早い ことが知られている」と率直に述べている。
7月末で財務官を退任する神田氏は、日本経済に対する大きな懸念をこの報告書で示したのではないか。岸田文雄首相が、本気で政権の継続を考えているなら、日本の対内直接投資の大幅拡大のための政策パッケージを提示するべきだろう。それが、格下げという時限爆弾の破裂を少しでも先に延ばす唯一の方策であると考える。