今年12月の金融政策決定会合で利上げするのかどうか、注目されていた植田和男日銀総裁の講演・会見は、マーケットの反応を見る限り、決め手に欠けるとの受け止め方が多数だったようだ。だが、講演の内容を詳細にチェックしてみると、複数のヒントが隠されていたと指摘したい。日銀は現段階で12月会合での利上げを決め打ちしていないだろうが、利上げを決断したとしても「不思議ではない」という情勢判断が隠されている。
<5%超える最低賃金の伸び、「賃金上昇促す」と日銀が指摘>
まず、日銀が賃金から物価へのメカニズムで重視しているサービス価格について、講演の中で前期比のプラス幅は安定していると指摘。その上で10月東京都区部消費者物価指数(CPI)では「サービスを含む様々な品目で、賃金上昇等を背景とした価格改定――年度下期のいわゆる「期初の値上げ」――を行う動きがみられた」と改めて確認し、10月全国CPIでも同様の動きが確認できれば、日銀のシナリオに沿った動きが進展していることを確認できるという認識をにじませた。
また、今後の賃金上昇の行方に関連し「今年度の最低賃金が前年比でプラス5%超の過去最大の伸びとなり、今後も上昇が見込まれることも、賃金上昇を促すことになる」と指摘。合わせて連合が賃上げ率5%以上を全体の目安としつつ、中小労組などは格差是正分を積極的に要求するという来年の春季労使交渉の基本方針を示したことにも言及し、企業の中で人手不足への対応として賃上げが必要との認識が強まっているとの認識を示し、来年の春闘に明るい見通しを持っていることも示唆した形だ。
<名目賃金の上昇、消費にプラスと評価>
さらに、一部のエコノミストから弱いと指摘されている個人消費についても「最近では、全体としてみた個人消費のトレンドは、緩やかな増加基調に復している」と分析するとともに「個人消費に前向きな動きがみられている背景には、春季労使交渉を受けた所定内給与の上昇や高水準の企業収益に支えられた夏季賞与の増加を反映して、名目賃金がはっきり増加していることがある」という判断をあらためて強調した。
植田総裁は会見で「(利上げを決めた)7月の時点で見ていた姿に比べて、どれくらいオントラックの度合いが上方修正されたか、毎回の決定会合で確認しながら進んでいく」とも述べたが、講演での情勢分析の結果を総合すれば、7月時点と比べてオントラックの度合いが確実に上方修正されていることを素直に認めていると言えるだろう。
<実質金利の大幅マイナス強調、利上げの打撃小さいと説明か>
植田総裁は講演で「経済・物価の見通しが実現していくとすれば、それに応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していくことになる」という日銀の方針を再度確認したが、この日はさらに詳しい説明を加え「金融政策は、主として名目の金利から予想物価上昇率を差し引いた実質金利の変化を通じて、経済活動に影響を及ぼす」とし、実質金利の水準は「物価情勢が好転するもとでも、極めて低い名目金利の水準を維持していることから、2010 年代と比べてもマイナス幅が拡大しており、金融緩和の度合いはむしろ強まっている」と説明しました。
筆者は、与党内に根強くある利上げけん制の声に対し、実質金利水準が大幅なマイナスであることを丁寧に説明し、仮に12月に25ベーシスポイント(bp)の利上げを実施しても、依然として緩和的な環境にあることを示したと受け止めた。
<12月会合、円安起点の物価上昇リスクが焦点の1つに>
この日の植田総裁の講演や会見では、8月5日に内田眞一副総裁が函館市で講演した際に述べた「金融市場が不安定な状況で、利上げすることはない」という状況とは全く別の外部環境になったということを言外に示したと筆者は感じた。つまり、金融市場の混乱を原因とした利上げの「封印」は、解除されたということだろう。
さらに市場環境という面では、ドル/円が154円台というドル高・円安になっている下で、講演の中では「昨年まで物価を大きく押し上げてきた食料品や、その他の財の前年比は、既往の輸入物価上昇の影響が和らぐ」という評価になっていた。
これが再び物価押し上げの影響を注視せざるを得なくなった場合、新たな物価上昇の要因として利上げの判断に大きな影響を与えると予想する。植田総裁は会見で「各会合で点検していきたい」と述べたが、12月会合では、円安と物価も大きな焦点の1つになるだろう。
<12月利上げ、14bpまで織り込んだ市場>
18日の市場では、利上げの時期について植田総裁は決め手になるような発言を控えたとの受け止めが多かったが、短期金融市場での12月利上げの予想は、14bpまですでに織り込まれている。円金利市場のフロントでは、12月利上げの可能性を半分以上は意識しているということだろう。
金融政策判断は、その直前まで何が起きるのか予断は禁物と言われてきたが、利上げを判断する材料は相応に整ってきたのではないか。