一歩先の経済展望

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「トランプ政権2.0」が内包するトリプル安リスク、火種は米長期金利の上昇加速

2024-11-19 14:22:57 | 経済

 トランプ前米大統領が来年1月20日、第47代米大統領に就任する。その直後に不法移民の大規模送還計画を実施する意向がSNSで示され、関税の大幅引き上げも実行されそうだ。その結果、一定のタイムラグを伴って米消費者物価指数(CPI)が上昇基調に転じ、それを先取りするかたちで米長期金利が上昇ペースを速めるだろう。

 問題はその先だ。米長期金利が5%を突破してさらに上昇を続けた場合、米株が変調をきたして上昇から下落に転じる可能性がある。もし、2025年のどこかでマネーの逆回転が鮮明になり、米長期金利の上昇加速を起点にしたドル安・米株安・米債券安というドル建て資産のトリプル安に陥れば、世界経済の大きな下押し圧力となり、日本経済にも大きなマイナスの影響が波及するのは必至だ。「トランプ政権2.0」の不確実性は、経済分野に限定しても膨大な負のエネルギーを抱えていると指摘したい。

 

 <不法移民の強制送還、国家非常事態宣言へ 軍も動員>

 トランプ氏は18日にSNSへの投稿で、大規模な不法移民の送還実施のため、国家非常事態宣言を出して軍隊を動員するとの一部報道は本当かと問われ、「本当だ!」と答えた。1100万人ともいわれている米国内の不法滞在者の何割を強制送還するのか不明だが、もしも国家非常事態宣言を発令すれば、そのメッセージは強烈で、金融市場へのインパクトも大きくなるだろう。

 米国の労働力人口は2023年の段階で、米国生まれが81.4%、外国生まれ(移民)が18.6%を占めている。それ以外にも統計に表れない不法移民が労働市場に流入しているとみられ、現実に「不法滞在者」として実際に労働している移民の人々が多数、強制送還された場合は、人手不足が顕在化して賃金が上昇。時間差でCPIが上昇して前年比で3%を超す展開になることが予想される。

 

 <IEEPA適用なら、関税引き上げの迅速実施も可能>

 さらに「タリフマン」の異名を持つトランプ氏が、選挙公約通りに対中関税を60%、その他の国向けの関税を10-20%引き上げた場合、米国のCPIを相当程度押し上げることになる。実施時期は明らかにされていないが、国際緊急経済権限法(IEEPA)を適用する場合、通商法301条の適用時に事前の要件となっている米通商代表部(USTR)による事前調査なしに関税を引き上げることも可能という法解釈が米国内で存在しており、大統領就任直後に特定国を対象に関税を引き上げることは可能だとみられている。

 関税の引き上げは、CPIの押し上げに直結する。対中関税を60%、その他の国に対する関税を10%引き上げた場合、米CPIを1.4%-1.7%押し上げるという試算も一部の欧州系金融機関から出ている。

 

 <米財政赤字が7.5兆円拡大の試算、米長期金利の一段上昇要因に>

 米国におけるインフレの再燃は、米長期金利を一段と押し上げることになる。すでに米長期金利は今月15日に4.505%まで上昇。市場では、トランプ政権の下で5%台に乗せるという見方が広がりつつある。

 さらにトランプ氏の政策を実行に移した場合、減税の拡大などにより米国の財政赤字が膨張するとみられている。米シンクタンク「責任ある連邦予算委員会(CRFB)」は、2035年度までの10年間に7兆5000億ドルの財政赤字拡大をもたらすとの試算を明らかにしている。

 この部分のリスクプレミアムが米長期金利に上乗せされると、5.5%を突破して6%台に乗せる展開もあるという予測がすでに複数の市場関係者から出ている。

 

 <米一極集中のマネー、逆回転ならトリプル安も 関税引き上げでGDPに打撃>

 足元で展開されてきた「トランプトレード」では、米株高と米長期金利の上昇が併存してきたことが特徴だった。他国にかけた関税を米国内の減税の財源とし、米企業の国際競争力の強化と米国内の消費活性化が同時に達成され、米国経済の「独り勝ち」が現実化。米株買いと米国債買いのマネーが世界中から流入し、米長期金利が上昇するとしても、その勢いは緩慢であるという大前提がそこにあるのが特徴だ。

 しかし、上記で見てきたように、3つの大きな流れによって米長期金利が上がりだし、どこまで行っても上昇基調が緩和される気配が見えず、5.5%を突破した場合は長期金利の上がり過ぎを嫌気して、米株価が下落に転じる可能性が高まる。

 最高値を更新し続けてきた米株は、その資産効果で消費を支え、経済成長を支えてきた。それが逆回転するなら「短期的な調整」との声はかき消され、米資産のトリプル安が一時的な現象にとどまらず、そのインパクトが世界中に拡大するリスクシナリオの可能性を十分に認識しておくべきだろう。

 実際、JETROのアジア経済研究所の試算では、対中関税60%。その他の国に10%の関税をかけたケースで、2027年に米国の国内総生産(GDP)を1.9%下押しするという試算結果を公表している。

 CPIと長期金利を押し上げ、GDPが2%近くも下押しされるなら、ドル建て資産のトリプル安が発生しても、何ら驚くべきことにはならないだろう。

 

 <日本への影響、短期的には株高・円安>

 米CPIや長期金利の上昇が起きた場合、日本経済には何が起きるのか──。米株高と米長期金利の上昇が併存している局面では、円安の進行と日本株高という現象が発生していると筆者は予想する。

 そのケースでは、円安と輸入物価高のパワーが増大するリスクが意識され、日銀が利上げを検討している可能性もあると予想する。

 ただ、日銀が利上げして政策金利を0.5%に引き上げたとしても、円安が止まるのは一時的で、どこかの時点で円安がリスタートする展開もありえるのではないか。米長期金利を押し上げるマグマのパワーが上記で説明したように非常に大きく、かつ長期間にわたる可能性が高いからだ。

 

 <米トリプル安なら、日本勢の米国債売りと円高加速も>

 一方、2025年のどこかの時点で米トリプル安が現実化した場合、政府・日銀は苦しい状況に直面することになる。このシナリオが現実になると、米経済に急ブレーキがかかって日本経済にもマイナスの影響が出てくるだけでなく、米長期金利の上昇(米国債の下落)が短期間に大きくなると、日本の銀行や生保が損失を膨張させないためにまとまった額で米国債を売却し、そのマネーフローが円高方向に傾きかけていたドル/円の流れの背中を押し、円高が加速するということもあり得るためだ。

 これが日本経済にとって最悪のシナリオになるだろう。「トランプ政権2.0」の不確実性が高い分、日本の政策当局や市場参加にとって、米インフレの再燃や米長期金利の上昇加速は、非常に厄介な存在になる。

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