深い茂みの影を思わせる、濃い緑色の「みやこかぼちゃ」
ヘタの切り口まで瑞々しい、取りたて新鮮夏野菜の、ずっしりとした重みを手に感じながら、さて、どう食べきろうかと考えます。煮物にして、天ぷらにして、サラダにして・・・それでも小家族では、まだ半分は余ります。美味しいうちに多くの量をこなせる料理といったら、あれしかありません。かぼちゃのタルトです。
さっそく古いお菓子のレシピ本を開き、索引に目を通すと「かぼちゃのパイ」の項目を発見。これを夏向きにアレンジすることにしました。
寡黙なうえに、なかなか手強いかぼちゃ。慎重に包丁の刃を入れ、ゆっくりと半分に切り分けると、日だまりを凝縮したような黄橙色の実が現れます。半分をタルトに使用、600gはあるでしょうか。フィリング(中身)を作るのには十分な量です。
皮を落としてザク切りにした後、少なめの水で茹であげたら、ホクホクのうちに潰します。これに卵黄と砂糖、生クリームを加えると、それぞれが競うようにして混ざり合い、瞬く間にクリーミーな質感に変わっていきます。シナモンを少々振りかけると、赤褐色の粉が甘い香りの余韻を残しながら空中に舞います。
さてここで、冷凍庫に市販のパイシートが1枚しかないのに気が付きました。これでは直径22㎝のタルト皿に敷き詰めるには足りません。でも焦らずに。臨機応変、タルト生地の製作にとりかかることにします。ふるった小麦粉に角切りにしたバターを入れ、さらに小豆大になるくらいまで刻み込んでいきます。冷たい水を加え適宜な柔らかさになれば、あとは軽くまとめて冷蔵庫で30分ほど眠らせます。
こうして、いい夢を見た生地を厚さ5㎜に伸ばし、型の底にそっと拡げて敷きます。型の周囲には市販のパイシートをカットして沿わせ、フィリングを流し入れましょう。黄色いマグマにも似た液体が、とろとろとタルト型を満たしたら準備は完了です。
ここからは180℃で熱く待機していた、やる気十分のオーブンにおまかせしましょう。
その間に後片付け。銀色のボウルを洗いながら、何故、お菓子作りは楽しいのかを考えます。美味しい甘いものが出来る喜びでしょうか。甘いものは何故、魅惑的なのでしょう。
人間が生まれて初めて口にする母乳の甘味の記憶を、そしてそれに付随する安心感や幸福感を辿りたいからでしょうか。
オーブンのアラームが鳴っています。じっくりと慈しむように時間をかけてタルトが焼き上がりました。畑に寝転がっていたかぼちゃは大変身。上気して、ちょっとすまして、香しくて、すっかり注目の的です。すぐに熱々をほおばるのも嬉しいですが、今のシーズンらしくクールに頂きたいもの。 さて、タルトが冷蔵庫で、うとうとと昼下がりを過ごす間、今度はどんなステキなことを考えましょうか。