ちょうど20年前の2001年の元旦、伊能ウォーク隊は2年
に及ぶ日本一周を終えて日比谷公園に到着した。
その足跡を辿るマイバーチャル日本一周、5ヶ月目となる
先月、1月の一日の平均歩数は約九千歩。三が日などにより
目標の一万歩に届かなかったが、187Kmを進んで宮城県から
岩手県に入り花巻市に着いた。
伊能ウォーク隊がこのあたりを歩いていたのは3月下旬、
水沢市から降り始めた春の雪も止んで、花巻の国道4号線の
雪は解けていたと記録される。
さて、現実の水戸街道松戸宿の散策は、宿場の中心部に
入って行く。春雨橋を渡ってすぐの古いお菓子屋さんの脇、
駐車場のあたりに高札場があった。
松戸神社の入口を過ぎた宮前町の交差点を江戸川方向に
曲がった土手の手前、3階建ての茶色のアパートが松戸宿
の本陣跡である。
水戸街道の交差点よりも土手に近いのは、「江戸道」と
呼ばれた旧街道のころからの宿だったのかも知れない。
その口碑によれば、土浦藩、笠間藩、陸奥国磐城平藩、
相馬藩など十数家の藩主が参勤交代で休憩したり泊まった
りしたという。
水戸藩は徳川御三家のため参勤交代は免除されていたが、
江戸城と頻繁に行き来していたためよく利用した。
宮前交差点に戻り、街道の江戸寄りに建つ松戸郵便局が
松戸宿の脇本陣兼問屋(トイヤ)跡。
問屋は、今で言えば旅のコーディネーターで、荷物の運搬
の手配や次の宿の斡旋をしたところ。中山道などでも問屋跡
が郵便局になっているところは多い。
この先で道は大きく右カーブして葛飾橋で江戸川を渡るが、
旧水戸街道はその手前を直角に曲がって江戸川に出る。
ここが松戸宿の入口(江戸口)、葛飾区金町からは船で
江戸川を渡ったのである。関所は金町側にあり「金町松戸
関所」と呼ばれた。「左 江戸道」は土手下の古い街道。
土手に上がって対岸、金町側を見る。
葛飾橋の奥、高谷JCまで伸びた外環道が江戸川を渡る
南の角町までもう少しある松戸宿と松戸駅までの戻りを
次回(最終回)に。
ネットで松戸宿のいい地図を見つけた。今日紹介した
ところを赤丸と白字で示してある。