自燈明・法燈明の考察

立正安国論について②

 立正安国論について続けます。
 この論は「旅客来たりて嘆いて曰く」という言葉から始まるもので、現在は国宝となっています。そしてここでは「十問九答」という対話形式で内容が展開されていますが、日蓮はこの論文で何を主張しようとしたのでしょうか。それはこの立正安国論の中で以下の言葉がありますが、そこに集約されていると思います。

「倩ら微管を傾け聊か経文を披きたるに世皆正に背き人悉く悪に帰す、故に善神は国を捨てて相去り聖人は所を辞して還りたまわず、是れを以て魔来り鬼来り災起り難起る言わずんばある可からず恐れずんばある可からず。」

 日蓮は清澄寺に登った後、是正房蓮長と名乗り比叡山へ修学に行きました。そこで日蓮は天台宗の教学を徹底して修学したのでしょう。日蓮は後に弟子達を教化する立場となっていますが、恐らく比叡山で修学の後、阿闍梨号を取得したと思われます。「日蓮」と良く言いますが、御書を拝見してみるとこの「日蓮」とは阿闍梨号であった様です。それは浄円房に対して当てた書状に日蓮自身が以下の様に書いている事から考えられます。

「安房の国長狭郡東条花房の郷蓮華寺に於て浄円房に対して日蓮阿闍梨之を註るす」
(当世念仏者無間地獄事)

 この阿闍梨号を取得しているという事は、それなりに天台教学を習得している事を意味しており、その上で神天上の法門をもって、立正安国論が認められていたと私は考えています。

神天上の法門について
 日蓮は自身の眼前に広がる社会の乱れと、そこにある悲惨な状況は、この日本という国に正法が無くなり、その為に本来国を守るべき諸天善神が法味を得られないことから国を捨て去ってしまった事が原因だと考えていました。これを日蓮門下では「神天上の法門」と呼んでいます。
 この考え方ですが、何も日蓮が独創的に考えだした事ではなく、そこには「鎮護国家の仏教」という思想が根っこにあったのではないでしょうか。

 日本に仏教が伝来してきたのは六世紀頃、欽明天皇の時代であったと言われています。この当時、朝鮮半島の百済の聖明王が日本に遣いを送り、仏像や経論などを伝えたと日本書記には記録されています。当時の日本は神々を祀る国でしたので、仏教は「外国の蕃神」を祀る宗教として受け入れましたが、これが日本の仏教の基本的な考え方になったと言われています。

 その後、奈良時代になり日本で仏教は「鎮護国家の宗教」として取り込まれました。これは仏教の威光により朝廷の安寧を図ること、これが引いては国家の安寧につながるという考え方で、その為に僧侶は仏教を学び、祭祀を取り仕切る官職という位置づけになりました。だから鎌倉時代に至るまで、僧侶が人々に仏教を広める事は禁止され、出家も国家の管理の元で行われていたのです。ちなみに国家の許可を得ない僧は「私得僧」と呼ばれ正式な僧侶とは認められていませんでした。

 立正安国論では金光明経や仁王経、また法華経を数多く引用していますが、これら三つの経典は「鎮護国家三部経」と呼ばれており、この鎮護国家の仏教の中心的な経典でした。「神天上の法門」を語る際には、実はこの様な日本に伝来した仏教の歴史的な背景を理解しなければ、実は日蓮の語る真意を見誤る事にもなると思います。

対告衆としての北条時頼
 日蓮がこの立正安国論を上呈したのは、最明寺入道時頼(北条時頼)に宛ててでした。この事について、創価学会では「時の最高実力者」であった事を述べていますが、この事についてももう少し考えてみる必要があります。
 よく昔の日本で日蓮を扱う映画では、北条時頼はさも暴君の様に描かれていますが、実は時頼は名君という逸話が多くある人物でした。承久の乱によって、鎌倉幕府は執権政治を確立しましたが、そこから北条得宗家の政治へと確立したのがこの北条時頼だったのです。

 北条時頼は、執権となると幕府内の反得宗家(北条家の本家)勢力を一掃し(宮騒動・宝治合戦)、北条家の立場をより強固にする一方、様々な融和政策を取る等、歴史的には名君として名が高い人物でした。これは時の幕府というものが、実は御家人を取りまとめる立ち位置にあって、幕府内部には常に内乱の危険性を秘めていたことから、政治の舵取りのため微妙なバランス感覚を持った人物で無ければ運営する事が難しかった様なのです。
 また幕府の体制を安定させるだけではなく、庶民に対しても様々な善政を行った事も記録に多くある人物でしたので、日蓮はその様な人物だと考えて、立正安国論を上呈したのではないでしょうか。

 恐らく社会の混乱、人々の悲惨な状況を為政者の中で一番理解する事が出来る人物と見込んで、立正安国論を読ませたかったのかもしれません。


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