牙をむくドラゴン、恐怖による支配が始まった。
香港や台湾にとどまらない脅威、中国は一体どこまでやるのか?
2020.6.1(月) JBpress The Economist(英エコノミスト誌 2020年5月30日号)
香港の一国二制度は風前の灯火となってしまった。
香港の反体制派を抑え込むために中国が前代未聞の対策に動いた。世界のほかの国々も
憂慮すべきだ。
香港の住民は2つのことを望んでいる。
1つは、どのように統治されるかを自分たちで選ぶこと。もう1つは法の支配を受けることだ。
中国共産党はどちらの望みも非常に恐ろしいことだと考えているため、香港で昨年
大規模な抗議行動が始まった時には、これを粉砕すべく軍隊を派遣するとの予想が多く
なされた。
しかし共産党は動かず、じっと好機を待った。
そして新型コロナウイルス感染症「COVID-19」に世界中が気を取られ、ソーシャル・
ディスタンシング(社会的距離の確保)のせいで大規模な抗議行動が難しくなっている今、
比較的静かな方法を選んで、誰がボスであるかを示した。
これを受け、中国は世界からこれまで以上に幅広く非難されたり報復を受けたりする
恐れがある。それも、この香港についてだけではない。南シナ海や台湾についてもだ。
中国は5月21日、中国共産党にとって脅威だと見なされる香港人は党による処罰の
対象になると事実上宣言した。
北京で起草された新しい国家安全法では、政権転覆罪と国家分裂罪という犯罪が
新たに設けられる。
どちらもまだ定義されていないが、「政権転覆」と「国家分裂」という言葉はともに、
新疆ウイグル自治区やチベットをはじめとする中国各地で反体制派を監禁する際に
使われている。
法案の作成に香港は口を出すことができず、成立すれば中国が秘密警察を香港に
駐留させることも可能になる。
その意味するところは明白だ。恐怖による支配が始まろうとしているのだ。
これは「一国二制度」の原則に反する、これまでで最も甚だしい事態だ。
英国の植民地だった香港が1997年に中国に返還される時、中国は、香港が公平な
裁判や言論の自由を含む「高度な自治」を享受することに同意した。
香港人の多くは怒り心頭に発している。投資家の中には怖がっている向きもある。
香港の株価は5月22日だけで5.6%安くなり、5年ぶりの大幅下落となった。
この都市が世界の商業の中心地であるのは、中国本土に隣接していることに加え、
法の支配を享受しているからだ。ここでは、商事紛争が生じても、事前に明らかに
されているルールによって公平に調停される。
もし中国の、説明責任を負わない法執行者が中国共産党の気まぐれを自由に押し
通すことができるようになったら、グローバルな企業が事業を営む場所としての
香港の魅力は低下する。
中国の今回の動きがもたらす影響は香港だけにとどまらない。
「一国二制度」は、中国が自国の領土だと見なしている人口2400万人の民主主義の島、
台湾にとってモデルになるはずだった。本土との再統一は台湾が自由を失うことを
必ずしも意味しない、と示すためだった。
習近平国家主席の指揮下で、中国はこの見え透いた嘘に飽きてしまったようで、
最近では容赦ない脅しをますますかけるようになっている。
恐らく、今年1月の台湾総統選挙で中国に懐疑的な蔡英文氏が再選されたことを受け、
中国の指導者層は、平和的な再統一の可能性がほとんどなくなったと判断したのだろう。
指導部の方針を追認するだけの議会「全国人民代表大会(全人代)」の冒頭の報告で、
李克強首相が台湾の「再統一」に言及する時には、「平和的な」という形容詞を付ける
のがこれまでの慣例だったが、不気味なことに今年5月22日の報告ではその「平和的な」
が削られた。
中国は台湾周辺での軍事演習を拡大させており、中国のナショナリストたちは、
侵攻せよなどとオンラインの世界で騒ぎ立てている。
中国は、ほかの国々ともとげとげしい関係になっている。南シナ海の島々での要塞建設に
あたっては、国際法も規模の小さな近隣諸国の主張も無視している。
5月末には数百人、ひょっとしたら数千人の中国兵が、ヒマラヤ山脈にあるインドと
係争中の国境線を越えた。
両国の小競り合いは日常茶飯事になっているとはいえ、今回の侵入は、核保有国でも
ある隣国インドが自分のものだと主張している土地について中国の国有新聞が新たに
領有権を主張した中で始まった。
しかも、こうした一連の動きの背景には、中国と米国との関係が過去数十年間で最も
悪化し、貿易から投資、科学面での協力に至るありとあらゆるものを損なっているという
憂鬱な状況がある。
香港における武力の誇示に世界がいくら慄然としようとも、中国共産党にしてみれば、
これは理にかなった行動だ。同党は香港で「色の革命」を食い止めたいと思っている。
この都市の制度を操作しようとあれこれ努力してきたのに、「色の革命」になれば
民主派に権力を握られかねないと見ているのだ。
同党の実力者たちは、香港の自由を損なうことが経済的な打撃をもたらすことに
なってもかまわないと思っている。
確かに、外国から資本を調達したい中国企業にとって、香港は依然重要な場所だ。
米中対立によってニューヨークでの調達が難しくなり、リスクも高まっている現状では
特にそうだ。
しかし、香港の域内総生産(GDP)は中国本土のそれの3%にすぎず、1997年の
18%超から大きく低下した。この20年あまりで本土の経済規模が15倍に拡大したからだ。
中国に指導者層は、多国籍企業も大手銀行も巨大な中国市場に近いという理由だけで
香港にとどまると見込んでいる。恐らく、その通りだろう。
ドナルド・トランプ大統領が米中対立の固定化というシンプルな捉え方をしている
ことも、中国の支配者たちにとっては好都合だ。
中国共産党は、バランス・オブ・パワー(勢力の釣り合い)が中国にとって有利な方に
傾きつつあると見ている。
トランプ氏の侮辱にあおられて中国のナショナリストは立腹し、共産党はこれを
喜んで利用している(米国とその同盟国との間で緊張が高まる時も同様だ)。
また、香港の民主化要求運動についても、米国が影で仕組んだものだとしている。
馬鹿げた話だが、香港の抗議活動の参加者を軽蔑する人が中国本土に多いのはこの
描写のせいでもある。
世界各国は、中国によるいじめに堂々と立ち向かうべきである。
中国とインドの国境については、2018年に両国の首脳同士が約束したように、誤算を
避けるためにもっと対話をする必要があろう。
また中国は、これまで南シナ海で使ってきた戦術――係争中の土地に建造物を作り、
相手を挑発して引き下がらせるやり方――を試みれば、すべての近隣諸国からこれまで
以上に不信の目で見られてしまうことを理解するべきだ。
台湾については、中国は強い抑止力に直面している。台湾が攻撃されたら米国が
援護に向かう可能性があることが、米国の法律で示唆されていることだ。
中国が自信過剰になって「米国が本当に助太刀にやってくるか、試してみよう」などと
決心してしまうリスクは高まっている。
従って米国は、それが極めて危険な行為であることを明確にしなければならない。
米国の同盟国も、それに同調して大きな声を上げなければならない。
香港の選択肢は以前より厳しいものになっている。
米国政府は香港政策法という法律によって、貿易やそのほかの面で香港を中国とは
別の存在として扱うべきだということを毎年証明するよう義務づけられているが、
マイク・ポンペオ国務長官は先日、香港が自治を行っているとはもう言えないことは
「現地での事実」が物語っていると明言した。
これにより米国は、すでに中国本土からの輸出品にかかっているものと同様な関税を、
香港からの輸出にもかけることができるようになる。
この関税は強力な武器だが、誤算が生じる余地も大きく、香港の住民に害を及ぼしたり
グローバル企業や大手銀行を香港撤退に追い込んだりする恐れもある。
それよりは、香港政策法でも提案されているように、関税ではなく香港で人権を
侵害している当局者に制裁を科す方がいい。
また、蔡氏が先日、香港市民に台湾の門戸を開いたように、英国の二等旅券の一種
(英国海外市民パスポート)を保持している数十万人の香港人には英国が完全な居住権を
付与すべきだ。
こうした策が講じられても、中国は自らの意思を香港に押しつけることをやめない
だろう。
中国共産党の利益は常に人民の利益より優先されるのだから。