「キャドベリー・シルク」は1本70─170ルピー(110─270円)。サティッシュさんが長年
扱ってきた小さなチョコレートはほんの5ルピーで、それに慣れた顧客にとってキャドベリーは
いかにも高すぎるように思えた。だが彼は思いきって仕入れを決断。現在、「キャドベリー・シルク」の
売上は月間3500ルピーにも達する。
「最近の村の住民は、高級チョコレートを買う余裕がある」と彼は言う。
サティッシュさんをはじめとするハロハリ村の商店主らが気づいたように、インドでのチョコレート
消費量は急増している。それが可能になったのは、インド総人口の3分の2以上が暮らす65万カ所の
比較的貧しい農村にも、可処分所得の拡大が広がったからだ。
ネット通販ブームと大幅な減税も売上高増大を後押ししていることから、モンデリーズや スイスの
食品大手ネスレ(NESN.S)、進出がやや遅れた米チョコレート大手ハーシー(HSY.N)など、グローバル
規模の製菓企業が、まだ小規模とはいえ急速に拡大しつつあるインド市場への投資を加速している。
インドでの売上高で首位に立つモンデリーズ(本社米イリノイ州)は、ロイターに対し、世界全体での
今年の投資額は5年ぶりに1億5000万ドル(約163億円)の増加に転じたが、「その大部分」は
インドの農村部向けになると明かした。
モンデリーズは2000年代初め、インドの商店主らにまず冷蔵陳列ケースを無料で提供し、昨年農村
地域への流通ルートを拡大した。2018年の時点で5万カ所の農村に商品を供給していたが、今後
3年間で約7万5000─10万ヶ所に拡大する計画である。
モンデリーズでは、この目標に向けて冷蔵配送トラックの台数を増やし、インドの小規模小売店を
網羅するデータベースを構築。そうした店舗における自社商品の販売状況をモニターしている。
モンデリーズのインド担当マネージング・ディレクターであるディーパク・アイヤーは、
「農村地域の消費者は貧しいという誤解がある。皆が貧しいわけではない。富裕な農家もあり、
消費階級になりつつある」とロイターに語った。
アイヤー氏によれば、モンデリーズでは最小で人口3000人程度の農村までターゲットにしていると
いう。「最近では、モバイル接続のインターネットで商品を目にして、高級チョコレートを欲しがる
家庭もある」
<新製品投入、マーケティング拡大>
モンデリーズのダーク・バンデプット最高経営責任者(CEO)は、同社がインドで展開している
事業規模には、競合他社もなかなか太刀打ちできないだろうと言う。
「キャドベリー」ブランドはインドにおいて何十年も前から大規模な流通ネットワークを築いており、
2010年に同ブランドを196億ドルで買収したクラフト・フーズも、そこに大きな魅力を感じていた。
その後クラフト・フーズは、2つの企業に分割され、グローバル製菓事業はモンデリーズと名称を改めた。
バンデプットCEOはあるインタビューのなかで、「(競合他社にとって)食い込む余地を見つけ、
店舗で目立つようになるのは簡単ではないだろう」と語っている。また、モンデリーズはここ数年、
インドにおける市場シェアを着実に増やしている話した。
モンデリーズによると、現在、インドのチョコレート市場に占める同社のシェアは66%だ。
195年の歴史を持つ英国の製菓ブランドである「キャドベリー」がインド市場に参入したのは
1948年。以来、「デイリーミルク」「シルク」「ファイブスター」といったキャドベリー製品は
広く親しまれてきた。「デイリーミルク」だけでも市場の40%を占めている。
ユーロモニター調べでは、市場シェアで2位につけるのはネスレ、これにフェレロとハーシーが続く。
これら各社は推定市場シェアを明らかにしていない。
インドのチョコレート市場は年商19億ドル規模で、まだ成長の余地はたっぷりある。ユーロモニターの
データによれば、似たような人口規模の新興国である中国のチョコレート市場は32億ドルだが、
米国市場の192億ドルと比較するとインド・中国両国とも大幅に見劣りがする。
再選戦略に余念のない現政権が多くの品目について売上税の大幅見直しを行ったことを受けて、
チョコレートの売上高は昨年15.4%と大きな伸びを示した。市場調査会社ニールセンによれば、
税率が28%から18%に引き下げられたことでチョコレートの小売価格は下落し、メーカー各社は
宣伝費を3倍近くに増やしたという。
モンデリーズによれば、同社傘下の「キャドベリー」は、英広告大手WPP(WPP.L)グループに属する
広告代理店オグリビー・インディアを使い、数十年にわたってインド映画界のスター俳優を多数登場
させたテレビCMを展開してきたが、今なおマーケティング支出を増やしているという。
オンラインでの需要をつかむため、アマゾン・ドット・コム(AMZN.O)上に「キャドベリー」専門店を
開設し、インドの年中行事に合わせたギフトボックスを提供している。
新製品も投入されている。先月、「キャドベリー」は低糖の「デイリーミルク」バーを発売した。
成人の9%が糖尿病というインドにおいて、健康的な製品を求める市場が伸びていることに対応する
狙いだ。
<「キス」の効果>
パッケージ食品企業として世界最大手のネスレも、小売店に提供する冷蔵陳列ケースへの投資や、
流通網の拡大、有名人を起用した広告、高級製品の投入を進めている。
昨年ネスレは、「手作りの職人技」を謳うチョコレートバー「レ・ルセット・ドゥ・ラトリエ」を
欧州から輸入しはじめた。
ハーシーも全力で追い上げている。
ハーシーがインドのチョコレート市場に参入したのは2016年で、同社のブランド「ブルックサイド」
の知名度は低い。参入の翌年には、5年間で5000万ドルの投資計画を発表した。
急成長をもたらしたのは、昨年秋の、112年の歴史を持つ自社ブランド「キス」の投入である。
これによってハーシーは、マースを抜いてインド第4位のチョコレートメーカーとなった。
とはいえ、同社の製品は国内14都市でしか購入できず、後はアマゾン・ドット・コムやビッグ
バスケット・ドット・コム、フリップカート・ドット・コムなどの大手オンラインストアに頼るしかない。
ハーシーのインド担当マネージング・ディレクター、ヘルジット・ブハラ氏は、「我々はまだスタート
したばかりだ。全国展開することで規模を拡大し、その後、都市部から農村部へと降りていくことになる」
とロイターに語った。
ブハラ氏によれば、ハーシーのインド事業部は昨年、有名人を起用した広告キャンペーンや、店舗ごとの
嗜好を分析する携帯デバイスといったテクノロジーなど、想定を上回る投資を行った。
また同氏によれば、インドのネット通販市場も優先課題だという。チョコレート市場においては
ネット経由での注文が売上高の4%を超えており、インドの消費財市場全体で見られる1%を
上回っているからだ。