習主席、プロパガンダ攻勢で「最高思想家」に
2017 年 6 月 2 日 15:09 JST THE WALL STREET JOURNAL
【北京】毛沢東時代以降、強大な権力を握った中国の指導者たちは、同国で最も偉大な思想家として称賛されてきた。
習近平国家主席は今、このような選りすぐりの地位に祭り上げられようとしているかにみえる。今年秋に開催される5
年に一度の共産党大会で最高指導部の入れ替えという重要な人事を控えて、習氏の影響力が増していることを示す一
つの兆候だ。
習氏の諸政策に関する官製の宣伝や研究が今年に入って次第に多くなっている。それは、習氏が偉大な社会主義思
想家であり、同氏の考えは世界の大国としての中国の再生を推進しつつあるとする典型的な特徴を帯びたキャンペーン
だ。
キャンペーンの目的は、習氏の一連の理論を共産党の規約の中に盛り込み、同氏の揺るぎない権威を固め、革命家・
毛沢東と改革家・鄧小平の後継者としてふさわしい人物に祭り上げることだ、と中国ウオッチャーたちは言う。
例えば、中国共産党の高級幹部育成機関「中央党校」が発行する機関紙「学習時報」の元副編集長・鄧聿文氏は、
「毛沢東は中国を強圧者から救い、鄧小平は中国を飢えから救った」と述べ、「習近平は今、中国の偉大さと自信を取り
戻し、中国を世界のリーダーにしたいと望んでいる」と語った。
ここ数カ月間、上級幹部たちは習氏の「新しい概念、新しい思想、そして新しいガバナンス戦略」について、中国社会
主義への画期的な貢献だともてはやしている。党の理論家たちは、習氏が汚職と戦い、党規律を徹底させ、経済と軍を
改革する際のさまざまな考え方を称賛してきた。
「習近平のガバナンス思想」に関する論文が党の出版物や学術誌に急増している。政府の計画立案者たちは、習氏
の諸理論の研究に提供する資金を増やそうとしている。国営メディアは、ビジョンのある大政治家として習氏を描写して
おり、「中国の獅子を(眠りから)覚醒させた」と称賛している。
中央党校の厳書翰教授は党の雑誌「人民論壇」で、習氏のガバナンスのアイデアは、国家再生という「チャイナドリー
ムの実現に主眼を置いている」と書いた。
向こう5年間の新指導部を指名する今秋の共産党大会を控え、こうした称賛キャンペーンが繰り出されている。習氏に
は明白な挑戦相手がおらず、規律工作を利用してライバルを無力化し、忠誠を要求する一方、近年の前任者たちによっ
て磨き上げられていた集団指導モデルを衰退させた。こうするなかで、習氏は自らの優位性を示す肩書を手に入れた。
つまり、中国の軍最高司令官となり、党の「核心」指導者となった。
しかし、さまざまな称賛や肩書を得ようとする習氏の試みは、同時に不安定さも示している。政府、国営企業、軍にお
ける既得権益に対する習氏の攻撃をめぐっては反感が煮え立っている。膨らむ債務水準や、経済再編のための政策変
更が遅々として進まないなかで、中国の経済的活力をめぐる懸念が深まっている。
そういう意味で、習氏の思想的優位性を巡る主張は、同氏の正統性を強めるための一致団結した宣伝工作であり、互
いに異質の政策アイデアを表面的には一貫したプログラムに結集しようとしている、と解釈するウオッチャーもいる。
「権力を蓄積しようとする取り組みにもかかわらず、習氏は依然として政策上の多くの惰性と官僚主義的な無行動に対
峙している」。北京在住のある政治学教授はそう話す。「毛沢東と鄧小平の言葉は行動を生み出した。彼ら2人は真の
核心リーダーだったが、習氏は空虚な核心だ」とも言う。
中国政府の情報局と共産党中央宣伝部はいずれも、取材要請に応じていない。
過去の主要指導者の痕跡は、党のイデオロギーに残っている。革命時代の共産党員たちは、1945年に指針的イデ
オロギーとして採り入れた「毛沢東思想」を標ぼうし、権力を掌握した。その数十年後、党幹部らは「鄧小平理論」をたた
え、本人の死後、1997年9月に経済改革の手本としてこれを党規約に加えた。
それ以降の江沢民と胡錦濤はいずれも、自身の社会主義哲学を党規約に付け加えた。だが、両者の名前は盛り込ま
れなかった。
鄧小平以来、最も強い権力を握る中国指導者と広くとらえられている習主席は、近年の前任者たちを凌駕(りょうが)
し、いまだに残る彼らの影響力の封じ込めを切望しているようだとウオッチャーらは言う。しかし、党規約改正のために
は、今秋の党大会を控えて権力の掌握を競い合っている支配エリート層から幅広いコンセンサスを得ることが不可欠
だ。
香港大学のメディア研究機関、中国メディアプロジェクト(CMP)の研究者デービッド・バンダルスキ氏は、仮に習氏が
党規約に自らの名前を刻むことに成功すれば、それは「党と国家の路線を指し示す上で、習氏がしっかり運転席に座
る」ことを意味すると指摘。
習氏の理論への信頼性を強化する試みはここ数カ月間にわたって加速しており、習氏の思想の研究が「中国の思索
サークルにおいて最も重要な任務だ」と中央党校の副校長は話す。
北京大学の郭建宁教授(マルクス主義研究)は、その目標は習氏の思想の概要を党大会へ向けて準備することだと
述べた。
中国共産党はまた、習主席による政治教育キャンペーンである「両学一做(党規約と習主席による重要講話を学び、
党員としてふさわしい行動をとる)」を強化している。これは全党員に対し、習主席の「重要講話」を学習することによって
「頭を武装する」よう求めるものだ。
一部の政治教育コースには、中国北部の梁家河村への訪問が含まれている。コースに参加したある教授によると、こ
こは文化大革命時代の1969年~75年に、まだ若かった習氏が肉体労働をした村だ。
「党は『習近平思想』の発表の準備を進めており、同氏の講話を厳選して、1つのパッケージとして打ち出そうとしてい
る」と同教授は話す。
共産党の機関メディアからは、その前進がうかがえる。「人民論壇」は4月にアンケート調査結果を発表。1万2000人
弱の回答者のうち、習主席のガバナンス思想を党の「新たな行動指針」にすることを支持するとの回答は82%以上に
達している。
ウオッチャーらによると、こうした喧伝(けんでん)方法は、習氏の看板理論がどう名付けられるかの手掛かりになる。
「人民論壇」元副編集長の鄧氏は、習氏の諸理論を「習近平思想」と呼ぶと、「毛沢東思想」に酷似しすぎているとして
抵抗に遭う恐れがあると言う。また「習近平ガバナンス思想」、あるいはそれに似た呼称にすれば、より具体的となり、
仰々しくはならないだろうと話した。