中国は国連の問題児か?(上)意外に少ない「拒否権」発動
中国は国連の問題児か?(下)「習近平体制」確立後の成熟
2016年10月31日 Foresight
中国は最初からこうした姿勢で安保理に臨んでいたわけではない。少なくとも2000年代は拒否権の発動こそそれほど多くなかったものの、中国の存在感は非常に大きく、我の強い常任理事国という印象が強かった。しかし、習近平体制が確立し、反腐敗運動が活発になってきた2014年ごろから国連での中国の行動も大きな変化を見せ、上述したような成熟した態度を見せるようになってきた。
また、筆者が見て来たイラン核交渉においても、中国はP5+1の一角を占めていたが、交渉のほとんどはアメリカとイランの間で行われ、中国はイランの肩を持つわけでも、アメリカに追従するわけでもなく、比較的中立の立場から交渉の成立をアシストするという役回りを演じていた。実際、ウィーンで行われた核交渉の最後の会合ではアメリカやイラン、また武器輸出とミサイル開発に利害を持つロシアは最後まで長期間の交渉を続けたが、中国の王毅外相は、最後の調印式に間に合うようにウィーンを訪れ、調印だけ済ませて帰ってしまうという事務的な対応であった。
このように、中国の多国間交渉の姿勢は積極的にイニシアチブをとるようなものでも、また、自国の利益を強硬に主張し、交渉の進展を妨げるようなものでもなく、一言で言えばおとなしく、目立たない立場を取り続けているのである。
「途上国のリーダー」としての中国
国連の中でも安保理を一歩離れると中国の存在感はまた少し違ったものになる。それは中国が国連の外で活発に進めている途上国に対する投資や経済支援をフルに活用して、国連総会などの場で発揮される、途上国のリーダーとしての存在感である。
国連総会はすべての加盟国に投票権があるが、様々な議題がある中で、多くの途上国はすべての問題について熟知した上で議論に参加するわけではない。そのため、しばしば途上国は「長い物には巻かれろ」といった意思決定をすることがあるが、そうした局面において、中国は途上国のリーダーとして、国連外での恩恵を取引材料にしながら、途上国の票をまとめるという行動に出ることが多い。
もちろん、中国が途上国を常に動員できるわけでもないし、中国もすべての議題について明確なポジションを持っているというわけでもない。しかし、筆者がみていた国連総会第1委員会(軍縮・不拡散問題)の議題に関しては、中国が欧米諸国と異なる立場を取る場合、自らがイニシアチブをとり、決議案を起草し、途上国に対して動員をかけて多数派を形成するといった行動をとっていた。
その意味では、欧米諸国は中国に出遅れることもしばしばあり、国際社会の共通認識や規範を中国が主導して形成するといったことがなされていた。
「パリ協定」と「北朝鮮制裁」での変化
中国は安保理ではおとなしく、成熟した外交を展開し、自国の死活的な利益のみを守るという姿勢をとる。一方、総会などでは時折途上国のリーダーとして自らのアジェンダを推し進めるという側面があるが、やはり自らの利益と合致する限りにおいて、欧米諸国との規範の共有を前面に出す状況が増えてきたことも特筆すべきである。
その代表的な例が地球温暖化に関する、国連気候変動枠組条約のパリ協定の早期批准であろう。これは世界第1位の温室効果ガスの排出国であるアメリカと第2位の中国が共同歩調をとり、温室効果ガスの排出を抑制するパリ協定に調印し、両者とも早期に批准することで協調した案件である。
これまで中国は、自らを途上国と定義し、京都議定書においては排出削減義務を課されない状況を維持して来たが、北京の大気汚染に見られるような環境問題が国内で頻出し、中国政府も経済成長最優先から環境問題の解決に舵を切ったこともあり、パリ協定には積極的な姿勢を見せていた。こうした政策変化により、中国の死活的利益の考え方が変わり、パリ協定による温暖化防止に積極的な姿勢をとるようになったのである。
そこでアメリカとの協調姿勢を前面に打ち出し、国際的な規範に準じた行動をとっていることで「大国の責任」を果たしているとのパフォーマンスを展開した。
また、北朝鮮制裁についても、これまで中国は北朝鮮を擁護する立場を貫いて来たが、今年1月の核実験を契機に、北朝鮮への制裁強化の方針に踏み切り、アメリカと協議の上、安保理決議2270号となる決議案をアメリカと協調して作成した。これも中国が北朝鮮の暴走を受けて自らの死活的利益を再計算し、自らの外交政策を転換したケースである。
このように、中国は自らの死活的利益の中核となる問題については、南シナ海や尖閣諸島の事例に見られるような強硬な立場を貫くのに対し、それ以外の問題については基本的に不干渉の立場をとり、国連外交を停滞させるような妨害行為をしないどころか、場合によっては自らが国際的な規範を作り出す側として活動するようになっている。また、死活的利益と合致するような場合には、欧米諸国と協調し、国際規範を共有して問題の解決に当たるようになっている。
これらは中国が自らを「大国」として認識し、その責任を担うという自覚が強まっている一方、「大国」であるからこそ、自らの死活的利益については他国や国際社会は一切関知せず、また、他者からの干渉を受け入れない、という姿勢を明らかにしている、と考えるのが妥当であろう。
本稿がこうした「大国」としての自覚を増した中国と対峙するにはどうしたら良いのか、今の日本の外交が「大国」となった中国に立ち向かうにはどうしたら良いのか、といった問題を考える一助となれば幸いである。